2010年10月29日

教会について 2−21

p127〜136


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下段の「過去ログ」の日付の部分をクリックしてください。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




B.キリストの派遣条件と同じ条件



 完全無欠、絶対無限の存在。至高の聖さと本源的主権を備
えておられる第二格の神が、罪ある人間に近付き、その人間と
共に住んでくださるためには、自らへりくだり、ご自分の神と
しての資質を横に置き、有限をまとい、服従を道としなければ
なりませんでした。第二神格者が、本来、自分の本質である至
高の聖さと絶対の主権を所持したまま、罪ある人間に近付いた
ならば、罪ある人間は、燃え盛る火の中に投げ込まれた昆虫の
ように、瞬時に消滅する以外にあり得ないからです。罪人を救
おうとされる神が、罪人を滅ぼさずに罪人に近付くためには、
神としての性質を、自ら進んで放棄しなければならなかったの
です。この自発的自己放棄こそ、キリストが派遣されるための
絶対必要条件だったのです。そしてこの絶対条件こそ、キリス
トの代理である教会にも、またその教会を構成しているクリス
チャンひとりひとりにも、求められているものです。



 この自己放棄の教会、へりくだって仕える者の姿を取り、
服従の道を歩む教会というのは、現在の富める国の教会には、
なかなかなか見る事ことが出来ないものです。特に、大きな教
会、成長している教会、しるしと不思議が顕著に現れている教
会に、この自己放棄と謙遜の姿を認めるのは非常に困難な事で
す。勢いがあり、力があり、美しく、魅力的な教会を作ろうと、
全教会を上げて努力し、取り組みます。そのような努力には、
当然ながら正当性がありますし、賞賛されるべきものでさえあ
ります。しかし、その努力の途上で、自己放棄と謙遜が忘れら
れてしまっては、キリストの大使としての資質を失ってしまう
のです。様々なキリスト教書物を読んでみると、個々のクリス
チャンの霊的成長として、謙遜や自己放棄が重要な課題として
取り上げられることは良くありますが、ひとつの地域教会とし
て、あるいは管理上の個教会として、それが取り上げられてい
るのを見た事がありません。むしろ、個々のクリスチャンの自
己放棄は、教会を大きく華美にする手段として用いられ、牧師
の栄光のために利用されているようにさえ思えます。ましてや
キリストのみ体として、教会全体として、謙遜や自己放棄が語
られているのには出会った事がありません。



 18世紀から始まった近代世界宣教の歴史を見ると、わず
かの例外はあるとは言え、 宣教は富める強国から貧しい弱国
へ行われて来ました。富める強国から派遣された宣教師のほと
んどは、それぞれ非常に優秀で、献身態度も自己放棄も、一般
人はおろか、並みのクリスチャンたちに比べても、非常に立派
であったと言えるでしょう。その一方で、経済的に強い事、高
度な文明を背景にしている事、高等教育を受けている事、また、
多くが白人であった事などに不可避的に影響されて、思わず知
らず高慢な宣教師になっていたのではないかと考えさせられま
す。しょうもなく未開で、貧しく、何も知らない現地人を、教
えてやる、助けてやる、指導してやる、訓練してやるという態
度が、あまりにも鮮明だったのではないでしょうか。現地の人
々に取っては教師であり、指導者であり、管理者であり、監督
であり、雇い主であったのではないでしょうか。それがどのよ
うに愛と善意に溢れたものであっても、高いところにいる人が、
低いところにいる者を哀れみ見下しながら、助けの手を差し伸
べるという意識が強かったように思われます。 有名な絵本の
「ちび黒サンボ」が、その善意いっぱいの著者の思惑から外れ
て、差別文書として槍玉に上げられてしまったのも、そのよう
な意識が読み取れたからです。



 キリストは、救おうとされた人々とまったく同じ立場まで
降りて来て、降りて来た方であることを誰にも知らさず、公生
涯を始めるまでの三十年間、天から降りて来た神としてではな
く、周囲の人々の助けなしには生きて行けない、ひとりのか弱
い人間として生活してくださいました。「自己犠牲の神」は、
あくまでもキリストが天にお帰りになってから、弟子たちが悟
ったキリストであって、キリスト在世当時は誰ひとりとして理
解しなかったのです。その姿は人と異ならなかったとは、自分
ひとりでは生きて行けなかった弱々しさを持っていたという事
です。この弱さを30年間経験してから、キリストは公生涯を
お始めになったのです。罪人のための身代わりの死だけが必要
だったのならば、キリストは生まれてすぐに死ぬ事も出来たで
しょう。紫の衣を着て王宮に住む事も出来たでしょう。しかし
キリストは大工の倅として生きたのです。人を頼り、人に助け
られて生きたのです。そのような生き方に大きな意義があった
からこそ、キリストは敢えてそのようになさったのです。



 教会は、このキリストが遣わされたように、遣わされてい
るのです。そしてその遣わされている事実と、遣わされている
意味を最も深刻に考え、キリストに倣う者となろうとするのが
宣教師です。しばらく前になりますが、日本からフィリピンに
遣わされていた宣教師家族が、現地の銀行の不手際のために、
日本から届くはずの支援金を数ヶ月にわたって受け取ることが
出来ず、文字通り食べるにも窮したことがありました。そのと
き、彼らの痛々しい姿を見て、粗末な食べ物を運び、あれこれ
と助けてくれたのが、何の関わりもない、ただ同じところに住
んでいるというだけの、貧しいフィリピン人たちでした。彼ら
の宣教師としての生き方が、貧しいフィピン人にさえ、哀れみ
を起こさせるに充分だったのでしょう。そしてそのような彼ら
だからこそ、フィリピン人たちの心に届く働きを、いまも継続
しているのでしょう。彼はフィリピン人に対する貢献を認めら
れて、無料でフィリピン政府から永久ビサを与えられた、数少
ない日本人のひとりです。



 このように、現地の人々に助けられなければ、生きて行け
ないような弱さを持った宣教師が必要なのです。本来は富み、
能力を持ち、力があり、高度な訓練を積んできた宣教師が、あ
たかも貧しく、何もない能無しのように見られる事もまた、必
要なのです。宣教師たちが、自分たちは本国ではどのようにい
い暮らしをしていたか、どんなに豊かだったか、どんなに立派
な家を持っていたか、どんなに高度な教育を受け将来を嘱望さ
れていたかなどという事を、現地の人々に理解してもらおうと
している姿を見るのは、情けないことです。謙卑の極限である
クリスマスでさえよく理解できず、「イエス様。お誕生日おめ
でとうございます!」とやっている普通の牧師や信徒に、まし
てや一般の人々に、宣教師が本国の栄光と富と力と将来を捨て
てやって来ているなどということが、理解してもらえるはずが
ないからです。宣教師は本国のことを語らず、遣わされた先の
人々と共に住み、共に生きるのです。イエス様も、天上のこと
をお話しすることはありませんでした。(参照:ヨハ3:12)


 貧しいフィリピンの中でも一段と貧しかった、山岳部族の
中で働きながら、教会成長運動や、繁栄の福音に影響された欧
米の宣教師たち、あるいは都市部の豊かな教会の牧師たちの、
心無い教えをしばしば聞かなければならなかったのは、私にと
ってはこの上ない苦痛でした。教会が苦しむ人々と共に苦しむ
ことや、宣教師が遣わされた先の人々と共に痛むことが、あた
かも敗北であり、不信仰の罪の結果であるかのような言われ方
をしたのも、1度や2度ではありません。いったい、教会成長
運動や繁栄の福音には、自己放棄や謙遜という教えは含まれて
いないのでしょうか。現在の、欲望むき出しの資本主義経済の
中で繁栄するという事は、まず例外なく、弱者を痛め傷つける
事に直結しているという事に気付かず、「正当な労働で得た富
は神の祝福である」と主張し続けるほど、私たちのキリスト教
は天真爛漫に無知なのでしょうか。豊かで強い先進国が、自分
たちに都合の良い経済協定を結び、都合よく解釈し都合よく適
用して、貧しく弱い国々から「正当に」搾取をくり返している
という現実が見えないほど、私たちのキリスト教は盲目なので
しょうか。持っているもので満足出来ず、もっと持ちたいと願
うことが貪りであり、新約聖書のいう偶像礼拝の罪であること
がわからないのでしょうか。(コロ3:5)



 このような社会的、文化的、経済的、人種的おごりを持ち
ながら、教会は宣教を続けて来ました。たくさんの宣教師が、
多くの人々の批判の通り、ゴールドとグローリーとゴスペルと
いう[みっつのG]のために働いて来ました。その中でも、困
難な状況の中で自分の働きを立派にやり遂げたという賞賛を得
るために、一生懸命に働いた宣教師が最も多かったのではない
でしょうか。宣教地の宣教師たちが、自分を捨てる事がないた
めに、名誉を賭けて互いに競い争う醜い姿を嫌というほど見て
きました。しかし、それでも、キリストの大使としての役割を、
少しでも果たせたことを喜ぶべきでしょう。私たちは、完全に
ならなければ主に用いられないのではないからです。まさに、
不完全に泣きながら、不完全な者をもお用いになる主の哀れみ
と忍耐に、ただただ感謝しながら働きを続けるのみです。ただ、
そのような不完全さにいつまでも甘んじているべきではないと
思うのです。教会は、キリストが遣わされた時に実践された、
謙遜と自己放棄を自らの模範として、それを模倣して生きるこ
とを条件として、キリストの大使なのです。



C.キリストの派遣の姿と同じ姿



 キリストは弱小植民地の寒村で、非常に貧しい誕生をなさ
いました。汚れた家畜小屋の不潔な飼い葉おけが、最初のベッ
ドでした。彼の育った家庭もごくごく貧しく、まともな税金も
納める事がないほどでした。(ルカ2:23、レビ12:8)
しかも、父親の役割を与えられたヨセフは、どうやら早死にし
たらしく、キリストは少なくても4人の弟とふたりの妹の、父
親代わりになって働かなければなりませんでした。ヨセフは年
季の入った大工で、良い手間賃を取る事が出来たとしても、キ
リストはまだ若くあまりよい仕事は出来ませんでしたから、手
間賃も安かったに違いありません。

  天地の創造者、絶対の力と栄光の主が、人のためにご自分
の位を捨てて、人となり、人として生きてくださったのです。
その姿はまったく普通の人でした。キリストはどんなに貧しく
ても、自分たちの生活のために奇跡を行うことはありませんで
した。石をパンに変えることはなかったのです。そっと隠れて
「み言葉」をもって家具や農機具をお造りになることもありま
せんでした。み言葉によって天地をお造りになった主が、手に
切り傷や打ち傷を作り、額に汗を流し、ちり芥にまみれて働き、
貧しい家計のためにお働きになったのです。食べ物に事欠いた
事は、1度や2度ではなかったでしょう。暑さ寒さのために体
を壊し、無理をして働いた事もあったでしょう。弟や妹のため
に自分は食べるのも着るのも控えて、我慢した事もたびたびだ
ったはずです。近所の人たちが見るに見かねて、そっと食べ物
を運んでくれた事があったかもしれません。古着を分けてくれ
た事もあったでしょう。だからこそ、公生涯に入ったキリスト
が故郷を訪れたとき、誰も、彼が救い主であると信じる事がで
きなかったのです。「あの、ヨセフの子が!?」と言うわけで
す。



 キリストは完全な人間になってくださいました。天の栄光
と力を放棄して、まったくお用いにならなかったのです。公生
涯においてさえ、キリストは聖霊の力によってみ業を行われた
のであり、第二神格者としての力と権威を行使されたのではあ
りません。キリストは、人間以外の何物でもないお方になって
くださったのです。ですから、自らの無限を有限の中に閉じ込
められたキリスト、人の姿をお取りになって、この地上で生き
ておられた時のキリストには、出来ない事や知らない事がたく
さんありました。当然のことです。ある人々はこの事実を取り
上げて、「キリストには出来ない事も知らない事もあった。だ
からキリストは神ではない。神の子でもない。単なる偉大な人
間に過ぎなかった。神に最初に造られた者であった」などと誤
って主張して、キリストの恵みから落ちてしまいました。その
ように誤解されるほど、キリストは完全に自己を否定なさった
のです。キリストは神であり、神でなかった事はありません。
しかし、人の救いのために、一時期とは言え、神の位を放棄な
さった神であられたのです。このようにして、キリストはまさ
にインマヌエルとなってくださったのです。



 キリストは、このようにご自分を空しくして、罪人の救い
のために罪人と生活を共にしてくださいました。そしてこの姿
こそ、キリストが「ように」とおっしゃった内容なのです。教
会はこのキリストのみ姿のように、それと同じように、同じ形
で、同じ原則と様態で、この世に派遣されているのです。すな
わち、自分を空しくして、自分の地位や名誉や栄光、権威権力
というものを放棄し、あくまでも仕える者の姿をとって、遣わ
された対象の人々と同じようになって、共に住み、共に生きる
という事です。言い換えると、現在の教会は勝利の教会であっ
てはならないのです。繁栄の教会であってはならないのです。
悩みも痛みも、病も苦痛も持たない、喜びの教会であってはな
らないのです。そのような完成は、やがて与えられるものとし
て、間違いなく約束されています。そして、その約束の証印と
して、いま、部分的とは言え、癒しを体験し、新しい命を体験
しています。その事のために喜びましょう。おおいに喜びまし
ょう。しかし、基本的に、そして原則的に、今の私たちの教会
は、キリストが遣わされたように遣わされた教会であり、キリ
ストが人々と共に生き共に苦しまれたように、人々と苦しみを
共にするものなのです。



 私たちの国籍は天にあり、私たちの富は天に蓄えられてい
ます。「金は我がもの銀も我がもの」とおっしゃる神が、私た
ちの父です。私たちが豊かになるために、キリストが貧しくな
ってくださいました。私たちは豊かなのです。しかし、今は、
貧しい者と共に生きるために、キリストと同じように貧しい者
として遣わされているのです。痛んでいる人々と共に生きるた
めに、キリストと同じように痛む者として遣わされているので
す。キリストが痛みをもって完成された福音は、キリストのみ
体である教会の痛みを通して、宣べ伝えられるのです。言い換
えると、キリストは今も教会というみ体をもって、痛みながら
贖罪愛を遂行なさっているのです。すなわち、教会の痛みはキ
リストの痛みなのです。(コロ1:24)



 そういう訳で、教会の苦しみ、クリスチャンひとりひとり
の苦しみには、大切な意味と意義があるのです。私たちは理由
なく苦しんでいるのではないのです。私たちの罪と弱さの結果
としてだけ、苦しんでいるのでもないのです。私たちはキリス
トの大使として、キリストの代理として、私たちに与えられて
いるキリストの苦しみを苦しんでいるのです。(ピリ1:29、
3:10) 私たちが苦しみを嫌い、避けようとするのはごく
自然です。しかし、キリストの代理としての苦しみ、苦しんで
いる世の人々と共に生きるための苦しみを、避けようとしては
ならないのです。また教会は、苦しむことを恥じてはならない
のです。痛んでいることを隠す必要もないのです。痛み苦しん
でいることこそ、キリストの大使として派遣されていることの
印だからです。
 


 キリストは、私たちがこの世に生きる限り苦しみに遭うこ
とを、はっきりとお話しになりました。また、私たちから苦し
みを取り去ってくださるようにとではなく、私たちが苦しみに
打ち勝つことが出来るようにと、父に祈ってくださいました。
苦難は、クリスチャン人生の大切な一要素なのです。それは、
キリストの生涯にとって苦難が重要な要素であったのと同じで
す。では、キリストにとって、この世に生き、人々と共に苦し
むという事は、どのような意味を持っていたのでしょう。キリ
ストが罪人と共に住み、共に生きたという事実の背後には、ど
のような意義があったのでしょう。



 ヘブル書の著者は、「あわれみ深い大祭司となるために、
主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませ
んでした。それは民の罪のために、なだめがされるためなので
す。主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられて
いる者たちを助けることがおできになるのです」 と説明し、
(2:17−18)「私たちの大祭司は、私たちに同情できな
い方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点
で、私たちと同じように、試みに会われたのです」と教えてい
ます。(4:15) すなわち、キリストが苦しみに会われた
のは、もっぱら私たち、弱い人間のためだったのです。キリス
トご自身が、ご自分の必要や条件のためにお苦しみになったの
ではありません。弱い人間の弱さを自ら身をもって体験するこ
とによって、弱い人間に真実の意味で同情をすることが出来る
ようになってくださったのです。もちろん、キリストが弱い人
間の弱さ、苦しみ、痛みを理解するために、自らそれらを体験
する必要はありませんでした。そのようなものは、全知全能の
主であられる方は、体験せずともご存知であり、主ご自身、滅
び行く罪人たち本人が自分たちの滅びを痛み悲しむよりも、は
るかに深く痛ましいほどに、罪人の滅びのために悲しみ呻いて
くださったのです。そこに救いを提供して下さろうという御心
の原点があるのです。しかし、もしキリストが人間の弱さを身
に帯びず、勇ましく猛々しいみ姿のまま、ユダのライオンとし
て、英雄の死を遂げられたとしたならば、はたして、弱々しい
私たちは、このキリストに恐れなく近寄ることが出来たでしょ
うか。



 キリストは、弱い私たちが恐れることなく近づくことが出
来るように、敢えて弱い者となってくださったのです。弱い者
が、先ず、第一に求めるのは、自分たちの弱さ、痛み、苦しみ、
悲しみというものを理解してくれる人です。じっと話を聞き、
共に痛み、共に苦しみ、共に悲しみ、共に憤慨し、共に怒って
くれる人です。それは同じような体験をし、痛んだ事がある人、
苦しんだ事がある人、悲しんだ事がある人、憤慨し、怒った事
がある人に限られるのです。聖書に記されているキリストの生
涯を知らないカトリックの信徒たちは、キリストは雄々しい方
で、弱々しい人間の痛みを理解してくださらないからと考え、
人間としての弱さを充分に体験し、良く知っていると思われる
「マリヤ様」という女性におすがりします。これはキリストに
対する冒涜であり、キリストの努力を水泡に帰し、み心を痛め
るものです。



 教会は、このキリストのみ姿に似る者です。キリストが遣
わされたように、それに倣って遣わされているのです。本来、
教会は苦しむ必要はありません。すでにこの世の者ではなくな
っているのです。私たちは天に属する者です。しかしながら、
キリストが派遣されたように、私たちも派遣されているのです。
教会は、キリストが罪人と共に生き共に苦しまれ、あたかも罪
人のひとりであるかのようになってくださったのと同じく、こ
の世の人々と同じように生き、同じように苦しむのです。それ
は、苦しみながらも力強く生きる教会、痛みながらも負けない
で生きる教会の姿を見て、人々が教会に近づいてくるためです。
強い教会、負けない教会だけではだめなのです。それでは近づ
いて来られない人々が多いのです。教会は、キリストが持って
おられなかった不完全さを持っています。それは、自ら苦しま
ないでは苦しんでいる者の苦しみを理解出来ないということで
す。教会は、キリストの大使、代理、み体として、キリストの
贖いの働きを継承していくために、苦しみを通して、あるいは
痛みを通して、人々の苦しみと痛みを理解するようにならなけ
ればならないのです。痛みを知らない教会、苦しみを知らない
教会は、真の意味では、悲しみの人で病を知っていたキリスト
の代理にはなれないのです。


 キリストが遣わされたように、教会もまた遣わされている
という真理を、最も重く受け止めなければならないのが、宣教
師である事についてはすでに述べましたが、開発途上国で働く
先進国からの宣教師の多くが、現地の人々の尊敬や憧れは勝ち
取ることができても、効果的な福音の伝達が出来ないでいるひ
とつの理由がここにあります。同じ現地人牧師が何かするより、
先進国から来た宣教師が、金と物資と機動力と能力を発揮して
やったほうが、断然多くの人集めができます。しかし、それで
福音伝達がうまく出来て、教会が建て上げられ、その教会がキ
リストのみ丈まで成長して行くというのは、まれな事です。ほ
とんどの場合、貧しく能力も劣る現地の牧師の方が、効果的な
福音伝達をし、より強力な教会を建て上げることが出来るので
す。先進国からやってくる宣教師たちの多くは、後進国の生活
に溶け込むことがないためです。彼らの非文明的生活様式、理
屈に合わない文化習慣、非生産的な社会形態、非効率的な労働
慣習。どれをとっても先進国からの宣教師にとっては珍糞で、
批判し、嘲笑し、帰国して友人たちとコーヒーを飲むときの会
話の面白い「つまみ」にはしますが、自分がその中に入り込み、
その中で生活するなど、考えても見たくありません。しかし、
現地の人々の苦しみや悲しみは、現地の人々の生活様式に入っ
て、現地の人々と同じように生きてみなければ理解出来ないも
のです。また、そのように生活してみて始めて、表面的にはま
さにばかばかしいような習慣や文化、あるいは社会の仕組みと
いうものが、それなりの歴史と存在理由を持ち、時には、それ
らが非常に美しいものであることさえ解るのです。そしてそれ
らが解ってはじめて、現地の人々の心が解り、福音を有意義に
語ることが出来るのです。



 現地の人々の生活様式に入り込むということは、具体的に
言うと、現地の人々と同じ種類の家に住み、同じ種類の食べ物
を食べ、同じ経済感覚を持つことです。それが単に、現地の国
民服を着るとか現地語で挨拶が出来るとかいう表面の事柄に止
まらず、日常の生活感覚が現地の人々と同じになるということ
です。もっとわかり易く言うならば、現地の人々と1ヶ月間、
あるいは2ヵ月間、一緒に暮らしてみることです。現地の伝道
者の家にお世話になってみることです。そして現地の人々と同
じ家に住み、同じ食卓で同じ食器から同じ食べ物を食べてみる
ことです。同じ寝具で眠り、同じ便所を使い、一緒に買い物に
出かけ、一緒に安いものを探し、一緒に信徒を訪問してみるこ
とです。現地の伝道者たちと伝道旅行に出かけるのも良いでし
ょう。同じ宿の同じ部屋に泊まり、同じ食事をし、同じ乗り物
に乗り、何もかも同じに10日間くらい生活してみることです。
そうすると、単に現地の人々の生活感覚や考え方、習慣や文化
が理解出来るだけではなく、その中で生きる人々の苦労や喜び
も解ってきます。何よりも、現地の人々と心の繋がりが出来て
きます。



 このような実験をするには、当然独身の宣教師の方が有利
でしょう。しかし、たとえ家族持ちでも、敢えてそのくらいの
冒険は出来るでしょうし、やってみる価値はおおいにあります。
ようするに現地の人々に溶け込み、現地の人々の感覚を得るこ
とです。1度でわからなければ、2度3度と繰り返してみると
良いでしょう。誰と余暇を過ごしたいと望むかが、宣教師にと
って重要な個人評価になります。同じ宣教師仲間や同じ国から
来ている人々を求めているうちは、まだまだなっていないと知
るべきです。現地の協力者、現地の人々と過ごすのが最も楽し
くなって、初めて、宣教師の心に近づいたのです。宣教師たち
が自分の家族の生活を第一にして、現地の人々とはほとんど交
わりを持てないような環境で、交わりを拒絶するような生活様
式を保っているのは、つまり、出来るだけ母国に近い生活を保
とうとしているのを見ると、非常に悲しくなります。家族を大
切にするのも理解出来ますが、宣教師はやはり何と言っても、
人の姿を取り、人と共に生き、人と共に住んでくださった、キ
リストの姿に倣う者だからです。



 宣教師が現地の人々と共に生活し、彼らの痛みと苦しみを
理解し出すと、現地人や現地の生活習慣や文化に対する、一方
的な批判が少なくなります。寛容性が増し、現地のやり方に対
する忍耐力も加わります。現地で起こるさまざまな問題に対し
て、宣教師的な解決方法、つまり、現地の習慣を無視した宣教
師の母国のやり方を用いないで、現地のやり方を学び、現地の
人々の示唆と助けを求めるようになります。すると、現地の人
々は喜んで助けてくれます。現地の人々は、助ける事が出来る
ことに、助けられるより喜びを感じるからです。このようにし
て、コミュニュニケーシヨンが築かれるのです。徐々に、現地
の人々は隔てなく宣教師と付き合うことが出来るようになり、
宣教師も隔てを感じないで共に仕事が出来るようになるのです。
そうなってはじめて、宣教師たちは現地の人々が恐れなく近づ
くことが出来る者、痛みを分かち合うことが出来る者として理
解されるのです。



 教会は、キリストが遣わされたように、遣わされているの
です。教会全体が、あたかも宣教師のような意識になって、自
らがキリストと同じようにこの世に遣わされている存在である
ということをしっかり認識するならば、教会の中に大きな変化、
改革が起こるに違いありません。教会は、遭遇する痛みや苦し
みに不平不満を募らせるのではなく、キリストの苦しみに与る
ことができる喜び、キリストのゆえに苦しむのに足る者とされ
た喜びを知るべきなのです。












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