2010年11月05日

教会について 2−28

p179〜186


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この文を最初から順序良くお読みになりたい場合は、右側
下段の「過去ログ」の日付の部分をクリックしてください。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



2.賜物の自由闊達さ



 賜物は本来自由闊達なもの、いわゆるダイナミックなもの
です。想定不能、予測不可能、臨機応変で、様々な相乗効果を
生み出すものです。システムや組織は、本来、この賜物を行使
し易くし、あるいは委ねられている賜物を発見し易くするもの
です。ですから賜物の活用を促し、励ますようなシステムが望
ましいと言えます。命は賜物にあるのです。その命を充分に躍
動させ、効果的に働かせるのが組織です。組織に命があるので
はなく、システムに活動の力があるのではありません。命がそ
の性質を現し、「ダイナミック」に活動し出すと、しばしば予
想だにしない動きをし、想定出来なかった働きを始め、思いも
及ばぬ相乗効果を発揮します。すると、「以前の状況」に対応
して立て上げられたシステムは機能しなくなり、組織は働かな
くなります。



 人間がしばしば陥る誤りは、命がダイナミックに活動し出
し、システムが古くなり機能しなくなった時、悪いのは「命」
の方であると考えて、命の活動をシステムの中に押し留めよう
とし、組織の中に治めようとすることです。すると命は萎縮し、
やがて死んでしまいます。蟹が自ら殻を捨てなければ生きて行
けないように、変えられなければならないのはシステムであり
組織なのです。教会の歴史を見ると、伝統化した組織やシステ
ムに対抗して、多くの賜物が様々な運動を起こし始めました。
しかし、ほとんどの場合、運動は伝統の中に幽閉され、やがて
は死を向かえることになりました。ほんのわずかな例だけが、
枷を打ち壊し、扉を打ち破って新しい運動を起こすことが出来
ました。宗教改革しかり、メソジスト運動しかり、そして私た
ちの母体となったペンテコステ運動も、そのわずかな例のひと
つです。



 ペンテコステ運動は、伝統的教会の神学とシステムに対す
る挑戦であったのです。多くの特徴を持っていましたが、ペン
テコステ運動の顕著な特徴のひとつは信徒の運動であり、賜物
の活用の運動であり、当時の伝統的な教会の形式や枠の中に収
まりきれない、いわば異端児的な運動でした。事実多くの伝統
的な教会は、ペンテコステ運動を異端と決め付けていたのです。
ペンテコステ運動が今日まで継続し発展拡大して来た理由は、
伝統的な教会の組織とシステムに上手に乗って、問題を起こさ
ず歓迎されたからではありません。命である運動が、ダイナミ
ックな賜物の活用を起こし、既存の組織やシステムの枷を打ち
壊したからです。しかし、命はシステムを必要とし、運動は組
織を必要とします。ペンテコステ運動がやがて組織を作り上げ、
落ち着きを見せ始めると、組織が力を発揮し出しました。そし
て、ペンテコステ的伝統を作り上げ、新しいものを拒絶し始め
ただけではなく、かつて戦った当の相手である、教職中心主義
をさえ味方に付け始めました。ペンテコステ運動初期の信徒の
運動としての形態は、すでに聖書学校運動などで先鞭を付けら
れていたものですが、これが、聖霊のバプテスマと言うユニー
クな体験に後押しされて、強烈に発展したものです。ところが、
教職中心主義の牙城となっていた神学校に対抗して設立された、
その聖書学校自体が、新しい教職中心主義の牙城と変転してし
まったのです。



 このようになると、すでに述べたように、大部分の信徒は
教会の意義深い活動からは締め出されてしまい、日曜日ごとに
席を暖め、献金袋にお金を入れるだけの「忠実な」信徒に成り
果ててしまうのです。自分たちで伝道を始め、会衆を立て上げ、
教会に発展させ、さらに娘教会を設立して行くような、賜物を
自由に駆使する活気にあふれた信徒を、見出す事が出来なくな
ってしまうのです。



 私たちの教会の賜物に対する閉塞性、異なる人間に対する
閉鎖性は、国際協力などを例に採ると良くわかります。現在の
世界は一昔前とはまったく様相を変えています。交通機関の発
達と情報システムの発展が、世界を小さくしてしまいました。
いまや国際化、グローバル化の時代であり、多くの国々の教会
は、たとえば東南アジアの発展途上国でも、教会は国際化を進
め、国際的な感覚でものを考え、協力体制を築き、働きを始め
ています。しかし、昔から四方を海で取り囲まれ、島国根性を
発展させ、遭遇するほとんどすべての事に、日本語と言う特殊
な言葉で対応することが出来た、私たち日本の教団は、まった
く後進国の感覚しか持ち合わせなくなってしまったようです。
いまだに排他主義が当然と思い込み、鎖国政策で上手く行くと
考えているかのようです。



 たとえば、国際結婚を考えてみますと、これからの日本で
もこれは避けて通れない問題です。多くの国の教会は、何世紀
も前にこのような問題を通過して来ました。アメリカの教団に
は、アメリカ人以外の人々がたくさん入っています。オースト
ラリアの教団には多くの国の人々が加わっています。フィリピ
ンにもフィリピン人ではない人々が数多くいます。それがすで
に、ごく当たり前になっているのです。ところが私たちの国で
は、それが通常のことではありません。すでに触れたように、
これはまさに日本人の罪の原点のような感覚であるにも拘わら
ず、私たちの教団の感覚として生きているのです。そして、日
本人のための教団として作成されたシステムが、今も生きてい
るのです。



 著者は現在も海外伝道部に関わり、小さいながら国際的な
働きに携わっています。するとこのような日本の閉鎖的感覚に
遭遇し、まさに窒息するような気分に襲われるのです。日本ア
ッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団は、日本人の血を持った人
間の教団でしょうか。それとも日本と言う国をベースとして活
動するあらゆる人種の有機体でしょうか。「外国人と結婚した
女性は、日本国籍を失って外国人になったのだから」という牧
師たちがいるかと思うと、「外国人が私たちの教団に加入する
ためには、まず日本の国籍を取得するべきだ」とか、「せめて
永住許可を取るべきだ」 と主張する牧師たちもいるのです。
「日本人男性と結婚した外国人女性は、日本人になったのだ」
と思い込んでいる牧師も少なくありません。それでも彼らは、
自分は外国人を差別していないと、無邪気に思い込んでいるの
です。



 トム・クランシーという作家が書いた文章を、そっくり真
似てパロディー化してみました。「日本人は人種である。我々
は人種的にはあらゆる人々と異なっている。要するに純血種な
んだ。日本人の血管の中にはただ大和民族の血が流れている。
日本と他の国々との違い、日本人を日本人たらしめているのは
ただ、日本人の血をもって生まれ育ったということだけなんだ。
単なる血。それだけだ・・・・・。だが、それは実に良く機能
している」もともとの文は、先に脚注で示したように、「アメ
リカ人は人種ではない。われわれは人種的には世界に生きるあ
らゆる人々とちがわない。要するに雑種なんだ。アメリカ人の
血管の中にはあらゆる国々の人々の血が流れている。アメリカ
と他の国々のちがい、アメリカ人をアメリカ人たらしめている
のはただひとつ、アメリカ合衆国憲法なんだ。単なる規則集。
それだけだ・・・・・。だが、それは実に良く機能している」
と言うものです。



 私は日本人として、アメリカの文化には馴染めないところ
がたくさんあります。しかし、この人種と言う感覚においては、
絶対に日本人ではありたくないと思っています。アメリカに人
種差別がないと言っているのではありません。アメリカの人種
差別を非難している日本の中にこそ、アメリカよりよほど根深
い人種差別があると言っているのです。私たちの教団は日本の
教団として、日本人的感覚を持っています。それを誇りにさえ
しているところがあるかもしれません。しかし、この日本人の
血という感覚は、絶対に教会の中にまた教団の中に持ち込まれ
てはならないものです。教会は和解の福音によって和解させた
れた共同体、人種と文化と言う隔ての壁を打ち破った共同体で
ある筈です。人種問題で悩みぬいて来た社会であるアメリカに
育ったクリスチャンたちに、確かに今でも差別意識は残ってい
るでしょう。しかしそれでも彼らの差別は、差別している事に
時々気付き、自ら痛みながら行っている差別です。日本人は、
自分が差別をしている事にさえ気付かないで差別を行っていま
す。私たちの教団を作り上げたのは命であり、聖霊に与えられ
た賜物の自由闊達な行使です。しかしこの命は、今や、グロー
バラアイゼーションと名づけられた急激な国際化という環境の
変化の中で、島国根性の日本人意識という硬い殻に閉じ込めら
れ、身動きが取れなくなりつつあります。この殻を自ら脱ぎ捨
てる努力をしない限り、やがて、命は失われてしまうことにな
るのです。 



D.賜物と指導者たち



 新約聖書は、聖霊の賜物と指導者たちを、教会の不可欠な
要因として取り上げて語っています。ここでは賜物と指導者た
ちの関係についてみ言葉を探り、考察して行きましょう。



1.普遍性と暫定性
 


 教会には聖霊の賜物が与えられるという事は、いつでもど
こでも、またいつまでも変わらない事実であり、普遍的なもの
です。しかし聖霊の賜物自体は、場所と時代の要求に応じてか
なり異なるものであり、聖霊がお望みになる通りにお与えにな
るものです。また、教会には指導者が存在し、組織がありシス
テムがあるというのは普遍的な事実ですが、どのような指導者
でありいかなる組織とシステムを持つかという事は、状況の変
化によって異なる暫定的なものです。揺籃期のエルサレム教会
で必要とされまた発揮された賜物が、すべて、他の教会でも必
要とされたものとは考えられません。たとえば、バルナバと呼
ばれたヨセフは、慈善の賜物とでも言うべきものを与えられて
いました。またそのような活動のために、エルサレム教会では
7人の世話役とも言える者たちが選出され、システム化が行わ
れました。しかしこのような賜物が、他のすべての教会にも与
えられ、他のすべての教会でも世話役が選出されシステム化さ
れたのではないようです。賜物の種類と組織化は、個々の実情
によって異なっているのです。



 したがって、現在の私たちの教会が、新約聖書に記されて
いる賜物と同じ賜物を、すべて所有しなければならないと考え
る理由はありません。また、新約聖書に記されているシステム
や組織、あるいは指導者の種類と言うものを、すべて同じよう
に持っていなければならないと言うのも、誤っています。「初
代に帰れ」という叫びは、普遍的原則においては正しく、その
適応においては誤っているのです。初代の教会では、広い地域
を旅して歩きながら福音を語り、教会を建て、信徒たちを指導
して回る、使徒的な働きは非常に重要でした。現在のように印
刷物がなく、通信機器もなく、情報のやり取りも実際に会って
話をすることが基本だったからです。それと共に、そのような
働きをする人々を補佐する賜物も非常に重要でした。旅人をも
てなす人。上手に料理をし、一時的に住む場所、眠る場所を提
供できる賜物は、なくてはならないものでした。一方現代の、
少なくても私たちの日本の教会では、そのような役割をあまり
必要としていません。使徒的役割を担う人の重要性は、決して
なくなってはいませんが、小さくはなっています。もてなす人
も大切ですが、たくさんのホテルがあり交通機関も発達してい
るために、必要性が少なくなっています。



 何事でもすべて初代に帰るべきであると主張する人たちの
中には、レストレーション運動と呼ばれる運動に参加している
人々もいます。彼らは、新約聖書に記されているさまざまな賜
物と「役職」を、現代にも回復しようと意気込んでいます。彼
らの間違いは、暫定的なそれぞれの賜物の種類や資質を普遍的
なものと考え、それぞれの状況によって異なる役職やシステム
を、いつでもどこでも同じように押し付けようとする事です。
また新約聖書には、それぞれの賜物が実際にはどのようなもの
であったのか、それぞれの役職やシステムがはたしてどのよう
なものであり、いかなる権威と責任が賦与されていたのかと言
う事についての、細かい説明はほとんどありません。したがっ
て、レストレーション運動に携わっている人々が言う使徒職に
しても預言者職にしても、それが新約聖書の言う使徒職や預言
者職と、同じであると言う保証はどこにもありません。彼らは
自分たちの考えを聖書の中に読み込むことによって、自分たち
の主張を聖書的であると強弁し、一般的に、独りよがりな権威
主義に陥ってしまう傾向を持っています。たとえば自分は使徒
であると公言し、使徒的権威をもてあそびます。預言者である
と公言して勝手な事を言い歩き、多くの教会を混乱に陥れてい
ます。按手を取り上げ、自分たちの使徒の役や預言者の役は、
この按手によって回復したのだと強調します。これは、何が普
遍的であり、何が暫定的なものであるかということの混乱から
生じた誤りです。賜物が与えられると言う事、また、様々な指
導者があり、組織がありシステムがあるということは普遍的で
すが、どのような賜物であるか、どのような指導者であるか、
また組織でありシステムであるかは、まったく時代と場所によ
って、すなわち状況によって異なるのです。また、彼らは使徒
職や預言者職などと言うものに大変固執しますが、果たしてそ
れらが新約聖書の時代には「職」であったか、はなはだ疑わし
いのです。



 先にも触れたように、新約聖書の指導者の働きは、職制に
よる権威の行使ではなく、与えられた聖霊の賜物の行使による
指導者だったからです。一般的に、新約聖書時代にあった職制
は、使徒職だけだったと言われています。預言者というのは、
旧約では職かそれに近いものであったが、新約では職ではなく
賜物の行使であったと考えられています。しかし、新約聖書を
素直に読むならば、使徒という働きさえも職とは考えられない
ものです。初期の教会は、自殺したユダの代わりにマッテヤを
選出するなど、12使徒を重要視していた様子が伺えます。
(使徒1:20−26) しかし間もなくヤコブが殺されまし
たが、ヤコブの後継者は選ばれませんでした。(使徒12:2)
 新約聖書の中には、使徒たちが使徒職を担う者として重要な
役割を果たしたということが、ほとんど出て来ないのです。ペ
テロの働きの重要性は疑いの余地がありませんが、使徒職を担
う者として重要だったのだとすると、かえって矛盾が出て来ま
す。コルネリオの件についての弁明やエルサレム会議において、
ペテロは使徒職の権威には訴えていないからです。(使徒10
:1〜12:18、15:7〜11) ペテロは自分を使徒と
して紹介してはいますが、また長老であるとも語っています。
(Iペテロ5:1)ヨハネは自分を使徒と呼ぶより長老と呼ぶ
ことを好んだようです。(Uヨハネ1:1、Vヨハネ1:1)
 パウロは自分の使徒性を強く主張しましたが、それは自分の
使徒職という職制、立場に固執したのではなく、彼の語る福音
の権威に使徒性があり、それは他のどの使徒に比べても劣るも
のではないと訴えているのです。さらに、もし当時、使徒と言
う役職が重要なものとして認識されていたならば、聖書記者た
ちをはじめ、教会全体が、もっと注意深く「使徒」と言う言葉
を用いた事でしょう。後述しますが、使徒と言う名称はかなり
曖昧に、単なる大切な使いと言う意味でも使われるほどだった
のです。使徒職に多大の権威を認めていたならば考えられない
事です。



 そういうわけで、新約聖書の時代の教会は、強固な永続的
な職制と言うものを持っていなかったと考えられます。むしろ
彼らが認めていたのは、賜物の行使による指導者としての立場
と働きだったと言えます。それぞれに託された賜物を自由闊達
に行使し、その賜物と働きが認められ、誰が任命し誰が承認す
ると言う事ではなく、自然に認められて行ったものでしょう。
その自然に認められる過程に、使徒たちの賞賛や推薦があった
り、預言者たちの言葉があったりした可能性は、認める事が出
来るでしょう。ですから、キリストが12人を使徒としてお選
びになった場合でも、使徒という永続的な役職を創設した上で
12人をそこに入れたのではなく、12人の弟子を内弟子とし
て選び、使徒と言う名前をお与えになったのでしょう。パウロ
は自分もキリストに出会い、キリストによって特別な働きに任
じられ、新たな奥義の啓示を与えられた事をもって、他の使徒
たちと同じ権威を持つ事を主張したのであり、同じ役職と、そ
の役職による権威を主張したのではありません。



2.地域教会の指導者 

 

 新約聖書を見ると、明確ではありませんが、地域教会に限
定された指導者と、地域教会を越えた有機的教会の指導者、そ
して普遍的教会の指導者とも言える働きがあったと考えられま
す。



 地域教会の指導者としてはまず、長老と呼ばれている働き
があります。長老という名は、元々ユダヤ教の会堂の指導者に
与えられていた役割で、年を重ね、豊かな人間性を身に付けて
尊敬を集めている者で、旧約聖書を教え、会堂の構成人員を指
導し、責任者として管理を行っていた人物です。揺籃期の教会
はこのユダヤ教の会堂をモデルとして建て上げられ、そこから
いろいろな要素を取り入れていますが、長老と言う名と働きも
そのひとつです。ひとつの地域教会には、必要に応じてひとり
ないし複数の長老がいて、互いに協力して活動していたと思わ
れます。当時の多くの地方教会は複数の会衆から成り立ってい
たということを考えると、長老たちはそれぞれの会衆の責任を
持っていたのではないかと考えられます。



 この長老はまた、監督とも呼ばれていますが、(Iテモテ
2:1)この名前にはギリシヤ的な響きが強く、組織の管理者
としての働きが強調されていると考えられます。新約聖書の用
語としては、長老も監督も同じ働きであると理解されますが、
(使徒20:17、28、テトス1:5〜7)2世紀の中頃ま
でには、ひとつの教会の中に複数の長老がいて、その長老たち
の上に監督がいるという形が出来上がり、それがやがて複数の
教会を監督する権威を得、さらに3世紀になると、より広い地
域全体の教会を管理監督する権威を持つようになって行きまし
た。 



 しかし、新約聖書に記されている頃の教会では、長老ある
いは監督と言う働きは、一地方教会に限定されていた働きであ
り、多分、現在の牧師に最も近い役割を持っていたと考えられ
ます。新約聖書には、「牧師」という言葉は一度だけしか使わ
れておらず、まだ一般的な働きとして定着していなかったよう
ですし、その働きの内容は不明です。(エペソ4:11)ただ、
このエペソ書の記述をギリシヤ語文法にしたがって「牧師すな
わち教師」と読むと、牧師の主な働きは教えることであったと
理解されます。あるいはこの頃の牧師と言うのは、長老のよう
な管理的な働きには関わらず、もっぱらみ言葉を教える働きに
専念していた人たちと考えられなくもありません。また、Iテ
モテ5:17の記述から考察して、長老にも教えの働きをする
長老と、管理をする長老がいたと考えられなくもありません。
これらの長老たちの働きはかなりの量であり、ボランテイアで
出来る範囲を超える場合も多かったようで、会衆が彼らの経済
の支援をすることも普通であったようです。(Iテモテ5:
17−19)



 地方教会に限定されていた指導者には、もうひとつ、「世
話係り」とでも言うべき役割の執事と言われるものがあります。
エルサレム教会が日々の配給のことで紛糾した時、(使徒6:
1〜6) その解決のために選ばれた7人は、執事とは呼ばれ
てこそいませんが、この役割を果たしたものと考えられ、この
ような働きをする者が、少し後になって執事と呼ばれるように
なったのでしょう。長老は主に霊的な指導と教会全体にわたる
管理の働きに関係していましたが、執事は長老の指導の下で福
祉関係の働きをしていたと考えられます。また、執事の中には
女性もいたと言うことが記されています。(Iテモテ3:8〜
13)











posted by MS at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖書の学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。