2010年11月06日

教会について 2−29

p186〜193


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3.有機的教会の指導者



 一方、ひとつの地域教会を越えて、有機的教会に関わる働
きの役割を持った指導者には、まず、使徒があります。使徒と
いう名前は、ギリシヤ語では「アポストロス」で、「メッセー
ジを運ぶ者」、「役割を与えられて遣わされる者」という意味
で、現在の「宣教師」と同じ語源によるものです。「宣教師」
は英語で「ミショナリー」といいますが、これは元々「派遣」
を意味するラテン語の「ミッシオ」から来たものですが、この
「ミッシオ」は新約聖書の「アポストロス」の訳として用いら
れたものだからです。福音書を読むと、使徒の働きの特徴は、
行く先々で福音を語り、キリストに与えられた権威を持って、
奇跡的業を行って行くことでしたので、まさに言葉の意味の通
りです。使徒の働きの記述には、ペテロとパウロと言うふたり
の使徒の活躍が残されているだけで、使徒の働きについての充
分な検証は不可能です。特に、ペテロの働きは極めて初期の部
分に限られていて、指導者としての使徒の役割はあまり明白に
現れていません。ただ、エルサレム教会の揺籃期においては、
使徒たちは共同牧会のような働きをして、執事たちの協力を得
ていた事が想像できます。また初期のペテロの働きは、キリス
ト在世当時からの弟子たちの中心人物として、重んじられ、福
音宣教を主な働きをしていた事が明らかです。ただしこれらは、
教会の揺籃期の極めて一時的な形であって、いつまでもそのよ
うな形が継承されたとは思われません。特に、カトリック教会
が主張するような、ペテロの権威の継承があったとは考えられ
ません。



 使徒としてのパウロの働きはもう少し明確であり、ある程
度の期間にわたって継続した形、少なくてもパウロの生きてい
る間は続けられた形です。パウロの活動を見ると、広い範囲を
回り、福音を語り、多くの教会を建て上げ、長老を育てて任命
し、あるいは若い牧会者を任命し、必要に応じて数年にわたっ
てひとつの場所に留まり、信徒訓練を行い、常に複数の同伴者
を引き連れて歩き、行動によって模範を示して弟子を作ってい
ます。もしパウロの働きが、使徒たちの働きの代表的なモデル
であると仮定すると、これが使徒の働きであると言うことが出
来そうです。ただし、使徒の働きと言うものには、これといっ
た明確な規定があったのではなく、むしろそれぞれが自分に与
えられた賜物を最大限に活かして、福音宣教に関わる働きに当
たったのでしょう。ですから、パウロの働きをもって、これが
使徒の働きであると言うのではなく、使徒の働きの好例が示さ
れたに過ぎないと理解すべきです。ただ、パウロの活動を使徒
的働きの好例としてその特徴を挙げると、活動の地理的範囲に
おいては、ひとつの地域教会に制限されることなく、広い視野
をもって福音宣教に当たることであり、活動の範囲においても、
幾つかの狭い活動に制限されるのではなく、「福音のために私
はどのようなことでもする」という精神をもって、まさに出来
る事は何でもするという働きであると言えます。 現代で言う
「一般活動宣教師」に近いものです。パウロは福音宣教に命を
賭け、教会の設立に情熱を燃やしただけではなく、ひとつの教
会に留まってはその教会の成長のために心血を注ぐ長老の働き
をし、さらにはマケドニヤやアカヤの複数の教会から義捐金を
集め、エルサレムの教会に届ける「有機的教会の執事」とも言
える働きにも命を張っています。



 新約聖書が使徒と呼ぶのは、 まず、 キリストに選ばれた
12弟子と、ユダの穴埋めとして選ばれたマッテヤです。これ
らの弟子の資格は、@キリストと共に行動した事と、A復活の
キリストの目撃者である事(使徒1:22)でした。しかしこ
の他にも、キリストから異邦人のための使徒として任命された
パウロ(ローマ11:13、Iコリ9:1)がおり、彼は自分
が使徒である事を12回にわたって弁明しています。彼が主張
した使徒の資格は、@主キリストを見たこと、(Iコリ9:
1)A奇跡と不思議と力ある業を行った事(IIコリ12:
12)でした。さらにその他にも、キリストの弟のヤコブ、
(Iコリ15:7) バルナバ、(使徒14:14) パウロ
の親戚、(ローマ16:7)さらに名前を挙げられていない者
たち(Iコリ15:7)が使徒と呼ばれています。これらの事
実からも判るように、新約聖書の時代は使徒という名前もかな
り鷹揚に、あるいは曖昧に用いられていました。使徒としての
権威を本当に主張し、それを行使したのはパウロだけのようで
す。ペテロも当然使徒としての権威を自覚していたと考えられ
ますが、彼はむしろ人々の「尊敬」を力にしていたように読み
取れます。



 次に、特定の地域教会に制限されない活動に、伝道者とい
う働きがあったように理解出来ます。伝道者と訳されているギ
リシヤ語は「福音を宣べ伝える」という意味の動詞が名詞化し
たもので、そこから、その働きの内容が伺い知れます。ただし、
この働きも、そのような名前の確定した働き、あるいは職性に
近いような役割があったとは考えられず、むしろ、そのように
呼ぶのが相応しい働きをしている者がいたから、そのように呼
んでいたのに過ぎないと思われます。たとえば、新約聖書で唯
一明らかに伝道者と呼ばれているピリポは、エルサレム教会で
執事として選出されましたが、伝道者としてもエルサレム教会
の管理の枠を超えて、文字通り、任せられた賜物を活かし、伝
道の働きをしていた事が伺えます。テモテは青年ではありまし
たが、パウロによってエペソとその周辺の教会の責任を任せら
れました。彼は長老と呼ばれるには若すぎた事でしょう。です
からパウロは、彼を「伝道者」と認識していたようです。(U
テモテ3:5) とは言え、彼の働きは、ピリポのようなもの
ではなく、むしろ複数の地域教会の上に立つ管理者のような役
割であり、地方教会の監督(長老)を任命する事も任されてい
たようです。多分、使徒パウロのアシスタントとして、小使徒
のような権威を持って働いたのでしょう。同じような働きは、
クレテ島の働きに派遣されたテトスにも与えられています。
(テトス1:5)



 もうひとつ、預言者という役割が記されていますが、これ
も公式にそのような名前の付いた役割が認められていたのか、
あるいは、単に預言の賜物を活かして活動していることが皆に
認められて、預言者と呼ばれていたのか、明らかではありませ
ん。しかし新約時代の教会で、預言者と呼ばれているのは、ア
ガポとその同行者たち、(使徒11:27〜28) それから
ユダとシラスだけであったという事実、(使徒15:32)ま
た使徒の働きの記述からは、彼らが地域教会の中でことさら重
要な役割を担っていたとは思えないことから、預言者という役
割も、すべての地域教会に定められた役職ではなく、むしろ賜
物の活用によって認められた働きと理解するのが適当であると
考えられます。先に述べた伝道者ピリポの4人の娘たちも預言
をすることで知られてはいましたが、預言者と呼ばれるにはま
だ不充分であったのかもしれません。この理解は、エペソ書4
章11節の記述とも調和します。使徒の働きで、アガポやユダ
とシラスたちに与えられた預言者という名前の意味と、エペソ
書4章で言及されている預言者が、同じ意味である保証はあり
ません。新約聖書の形成期においては、そのような働きや役割
についての名前、呼称はかなり、柔軟で、流動性があったとい
うことを思い起こさなければなりません。



 ペンテコステの日にペテロはヨエルの預言を引用して、息
子と娘、青年と老人、しもべとはしためまでも預言すると語り
ました。ペテロは、預言の働きが人間の貴賎にかかわらず、今
や、すべての者(主にあるもの)に与えられようになった、そ
のときが来たと宣言したのです。ところが使徒の働きの記録に
は、一握りにも満たない「預言者」が出てくるだけです。ヨエ
ルの預言の成就はどうなってしまったのでしょう。



 初代の教会では、まだいろいろなことが流動的で、「預
言」あるいは「預言者」という言葉も、かなり鷹揚に、言い換
えると曖昧に使われていたことを理解すると、わかりやすくな
ります。初代教会には、狭義の預言と広義の預言、あるいは狭
義の預言者と広義の預言者があって、あまり厳しい使い分けが
されないまま用いられていたのです。狭義の預言は、旧約時代
の預言者たちが「主は言われる」と語りだした種類の預言です。
そのような預言は新約聖書には出てきません。実際、狭義の意
味の預言者は、バプテスマのヨハネで終わりを告げていたと考
えられます。



 ただし、旧約聖書の預言者の働きを見ると、必ずしも「神
がこう言われる」という預言の働きだけをしていたのではあり
ません。広く神のみ心を知り、それを語り教えて行く働きも大
切なものとして含まれています。それもまた、神の言葉を預か
って語ることで、広い意味で預言者の働きと認められていたの
です。ペンテコステの日、ペテロが語ったヨエルの預言の成就
はそういう意味でした。この日以来、すべての信徒は預言をす
る者になったのです。彼らは、福音に集約された神の言葉を預
かりました。そして時と場所を問わず、大胆にそれを語り伝え
て行ったのです。文字通り、息子も娘も、しもべもはしためも、
青年も老人も、預言をして行きました。使徒の時代はすべての
信徒が預言をしました。万人祭司もさることながら、万人預言
者です。それが新約の時代の特徴です。それは本来、現代にお
いても同じはずです。



 では、エペソ書4章11節に言及されている預言者、ある
いはピリポやアガポはどういう種類の人々だったのでしょう。
すべての信徒が預言者でありながら、かれらは、少しばかり特
別な意味で預言者だったのです。先にも言及したように、預言
者という言葉が厳格な定義のないまま、いろいろな意味で使わ
れていたのです。使徒の働きやパウロの書簡から、彼らも、万
人預言者の仲間として福音宣教をする中で、特に、聖霊の直接
的な啓示や鼓舞を受けて活動することが多かったのだろうと推
測できます。



 考えられるのは、これらの預言者たちの多くが預言の賜物
を持って働いていたことです。彼らは、万人預言者の新約のな
かで、とくに幻を見たり夢を見たりする人たちであったのでし
ょう。ペンテコステの日のペテロの説教を、新約の預言者は一
人残らず幻を見、夢を見るのだと理解する必要はありません。
したがって、エペソ書4:11で言う預言者やピリポやアガポ、
あるいはユダヤシラスも、そのような聖霊の直接的な鼓舞を受
けて、幻や夢を見たりしながら、人々を励まし教え、福音を語
り続けたのでしょう。彼らは、ただ福音の言葉を預かって語る
だけの多く信徒たちとは異なり、聖霊の直接的な導きと鼓舞を
受けて、その場、その状況に最もふさわしい形で福音を語り、
指導をしていたのでしょう。



 この預言者は、旧約時代の預言者とは異なりましたが、同
じ聖霊の励ましと導きを受けて、啓示の言葉も語ることができ
ました。また聖霊の照明受けて、聖書を(旧約)より深く理解
し、より正しくまた的確に解き明かすこともできました。語っ
ているときも聖霊の臨在と鼓舞を感じて、大胆にまた明確に福
音を語ることができました。それは学者たちの語る注解ではな
く、命のあふれる語りかけでした。そのような特異な働きを人
々が認めて、彼らを預言者と呼んだと考えるのが妥当です。



 教師は聖書を正しく理解し、忠実に教えることに優れてい
たのでしょう。伝道者は福音の内容を正確に伝え、キリストへ
の信仰を促す働きによい結果を残していたのでしょう。それに
対して預言者は、聖書の教えを基にして語る説教者でありなが
ら、状況に応じて聖霊の感動と導きを強く受け、あるときは啓
示さえも受けながら、聞いている人間に最もふさわしく適応し
て語ることができたのでしょう。パウロは自分のことを宣伝者
(Iテモテ2:7)あるいは宣教者(Uテモテ1:11)と呼
んでいますが、もともとのギリシヤ語では同じ言葉で、「最初
にニュースを伝える者」あるいは「先覚者」という意味であり、
この預言者の働き、あるいは伝道者や教師の働きとも重複する
ものでした。使徒の働きはそれら多くの働きを含んでいるもの
だったのでしょう。そしてこれらの働きの中に、いわゆる聖霊
に感じてその場で語る預言や、予言が含まれていても、矛盾は
ありません。



 それからさらに、元々のギリシヤ語では「執事」と同じ言
葉であるにも拘わらず、どう考えても「執事」とは訳せない働
きがあります。日本語では、新改訳においては「しもべ」(I
コリ3:5、Uコリ6:4)「福音に仕える者」(エペ3:7)
などと訳され、動詞形では「奉仕の働き」(エペ4:12)と
訳され、口語訳では「信仰に導いた人」(Iコリ3:5)「神
の僕」(Uコリ6:4)「福音の僕」(エペ3:7)「奉仕の
業」(エペ4:12)となっています。要するに「仕える者」
という意味ですが、人々に仕える事を強調している執事ではな
く、神に仕える者という事です。パウロは5回にわたって自分
をこの名前で呼び、また若い働き人たちを同じ呼び名で幾度も
呼んでいます。すべての信徒の働きを意味しているエペソ4:
12の場合を除いては、すべて、教会の指導的働きに関して用い
られている言葉です。ここにおいても、この呼び名が、確定し
た役職のような働きを意味していたものではない事が明らかで
す。



 こうして見ると、使徒時代の教会においては、まだまだ組
織自体が固まっておらず、臨機応変な、多様な働きがあった事
がわかります。たとえば、伝道者への召しとか、牧師職への召
しなどという、固定化した考え方もまだ出現していませんでし
た。それぞれの信徒が、自分に任せられた賜物を活かして働き、
その働きが多くの人々の認めるところとなり、受け入れられ、
その人の働きとして定着して行ったと言う事です。たとえば、
管理上の権威と言うことを取り上げても、教会全体として見る
と、使徒の権威も必ずしも最も強いものではありません。エル
サレム会議において、管理的な意味で重要な役割を果たしたの
は、エルサレム教会の長老であった主の兄弟ヤコブです。しか
し神学的意見をまとめることに関しては、ペテロが指導力を発
揮しています。またパウロは、自分が設立に関わった教会に対
しては、神学的な権威と管理上の権威を存分に主張し、行使し
ています。それは彼が絶え間ない論争に巻き込まれ、彼の身分
や資格に対し疑問が投げ掛けられたためです。そこでパウロは、
「仕方なしに」使徒的権威の主張をしているのですが、すでに
述べたように、その使徒の働きには、福音の先覚者あるいは宣
告者、または宣教者とも言うべき働きが含まれている事、さら
には教師としての働きが含まれている事を理解していました。
(Uテモテ1:11)自分を使徒と呼ばず長老と呼んだ使徒ヨ
ハネは、その年齢から長老と呼ばれるに相応しかったからだけ
ではなく、多分、当時唯一残っていた使徒、唯一主を見た事が
ある使徒という「権威」を嫌い、同じ人間として、多くの痛み
と苦しみ、喜びと感動を味わってきた自分を強調したかったか
らではないでしょうか。またヨハネは、使徒という役割が彼を
もって終わりを告げる事を、このような方法で示したかったの
かも知れません。ペテロもまた自分を長老と意識していた事が
伺われます。(Iペテロ5:1) いずれにせよ、固定化した
役職、あるいは聖職というものは、まだ出現していなかったと
いう事が明らかです。



4.普遍的教会の指導者



 新約聖書の時代には、教会全体、すなわち、普遍的教会に
対する責任を自覚していた指導者として考えられるのは、まず
使徒たちですが、果たしてすべての使徒たちがそのような自覚
を持っていたかは、定かではありません。ペテロを初めとする
使徒たちや主の兄弟たちが、より広範囲な働きに対する自覚を
持って、巡回もしていたことが明らかですが、(Iコリント9
:5) どの程度の責任を自覚していたか知るよしもありませ
ん。主の兄弟のひとりヤコブも、最初の教会であり多くの教会
の母教会となったエルサレム教会の長老として、重い責任は自
覚していた事でしょうが、自分の責任がエルサレムの外、ある
いはユダヤ人以外に及ぶことを明確に自覚していたかどうかは
不明です。普遍的教会に対する責任を自覚していたのは、福音
の奥義を啓示されたパウロです。ペテロと主の兄弟ヤコブの普
遍的教会に対する貢献は、主に、パウロの受けた啓示に関わる
理解の問題において発揮されたものです。



 パウロは異邦人への使徒として、福音と教会の普遍性につ
いての啓示、奥義の啓示を受け、それを書き記しています。彼
の残した著書の大部分は、彼が設立に関わった教会に対する、
牧会配慮の手紙ですが、ローマ人への手紙だけは、パウロが設
立しなかった教会、また、訪ねた事もない教会に対するもので、
特定の牧会的問題に対する対処の手紙ではなく、むしろ、当時
の教会全体に関わる、また後世の教会全体に関わる神学的命題
について記したものです。結果論的に言うならば、パウロの聖
書記者としての働きは、ローマ人への手紙だけではなく他のす
べての書簡も、まさに普遍的教会に関わるものでした。また、
パウロほどの規模を持った働きには至りませんでしたが、他の
聖書記者たちも、同じように普遍的教会に対する貢献をした指
導者でした。



 聖書の重要性は、もちろんその霊感にありますが、著者に
はものを書くという能力、賜物がなければなりません。現代の
ようにふんだんに紙があったわけではなく、ワープロなどと言
う便利なものもなかった時代です。書き損じは許されず、校正
作業もままならない中で、文章を残すと言うことは大変な能力
です。神は、教会に対して、必要な時に必要な賜物をお与えに
なり、必要な働きをさせてくださるのです。霊感を受けると言
う問題は別にして、現在においても、ものを書くという賜物を
活用して、一地方教会に留まらず、より広範囲の有機的教会に
関わる働きをしている者はたくさんいます。



5.指導者と召し 
 


 新約聖書に記されている指導者たちは、自分たちの働き、
あるいは役割を、神からの個人的召しによる任命と理解してい
たのでしょうか。新約聖書が召しという言葉を用いるとき、そ
の90パーセントは救いを意味していると言うことは、すでに
述べました。指導者の中には、パウロのように召しと呼ぶのが
相応しいような体験をして、主に仕えるようになった者もいる
一方、そのような経験を知らない者もたくさんいます。多くの
人が、パウロは自分が使徒として召されていると主張している
と考えていますが、それは誤っている可能性が高いことはすで
に説明いたしました。パウロは自分が使徒となった体験を「召
された」と言わずに「任命された」と表現しています。(I:
テモテ2:7、Uテモテ1:11) 特にUテモテの記述では、
パウロは先ず、自分たちが聖なる招きをもって「召されて」い
ること、すなわち救われていることを語り、それから改めて、
使徒として任命されたと説明しています。ですから、現在の私
たちの教会の一般用語として用いられる「召し」という言葉と
観念は、新約聖書時代の教会の言葉でも観念でもなかったと言
えます。教会の指導者として、強い使命感と献身をもって、ま
さに、「召命感」と呼ぶにふさわしいような情熱を燃やしなが
ら働いていた者たちは、たくさんいたことには疑いの余地はあ
りませんが、現在の私たちの教会のように、伝道者の召しだと
か、宣教師の召しなどと呼ばれる、固定観念は存在しなかった
と言えます。初代の教会にあったのは、現代の教会のような賜
物を無視し、資質を無視した「召し」の観念ではなく、賜物の
行使によってその人物の奉仕が認められ、働きと立場とタイト
ルが与えられるという形です。



 現在の私たちの教会の中では、賜物も資質も無いにも拘ら
ず、一時の情熱や迷いや誤った自己判断、あるいは牧師や伝道
者の暗示に乗ってしまって、伝道者の道を歩み出してしまう人
たちが現われて来ます。「何の取り得もない者を神はあえて選
んでくださった」とか、「この世の賢い者を辱めるために、あ
えて愚かな者を召してくださった」と言うような証が、賜物を
持っていないことの自己弁護として用いられますが、神様のお
取り扱いの基本は、賜物の行使であって、賜物を持っていない
者をお召しになることは、まず、あり得ないのです。この事を
パウロは、ローマ書12章1〜9において異なった角度から語
っています。それによると、私たちの信仰の歩み方、身の振り
方に対する神の御心は、まず、自分の体を生きた聖なる捧げも
のとして捧げきって、すなわち、自己中心の信仰態度から、神
中心の信仰態度に完全な思考の転換をすることによって、初め
て知ることが可能になるのです。そしてそのような信仰態度を
明確にして、改めて、自分の賜物を教会という概念の枠の中で
吟味し、それを神の栄光と教会の徳のために、最善にまた謙遜
に用いようとするところに、おのずと自分の歩むべき道が明ら
かになって来ると言う事です。祈りと瞑想をもって神の召しの
み声を期待すると言うような、神秘的方法は、新約聖書の勧め
るところではありません。教会の指導者として立つと言うこと
は、本人の主観的感覚と決意によるのではなく、賜物の行使が
教会全体に認められるという、事実と、客観的判断によるので
す。



 南太平洋の小島からなるある国の、私たちの姉妹教団では、
信徒が伝道者として認められるためには、ふたつ以上の教会を
開拓し、それを指導していなければならないという、厳しい基
準があると聞いたことがあります。伝道者としての賜物が、実
際の働きにおいて客観的に示されていなければ、伝道者として
認定されないのです。そのような方法のすべてが正しいという
つもりも、それが必ず上手く行くと言うつもりもありませんが、
賜物の行使による指導者と言う新約聖書的基準を、現代に生か
そうとしている良い例であることは確かです。 この人たちも
「召し」と言う言葉を用いていましたが、彼らにとっての召し
は、賜物の行使によって客観的に認められる召しであって、個
人の主観的思い込みによる召しではありません。














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