2010年11月11日

教会について 2−33

p213〜220



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
この文を最初から順序良くお読みになりたい場合は、右側
下段の「過去ログ」の日付の部分をクリックしてください。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



C. 教会の伝道と文化



  伝道という面から論じて見ましょう。たとえば、アメリ
カ型キリスト教は個人に対する伝道を重く見ています。個人
の信仰、個人の決断を促すのが伝道であるかのように考えま
す。そして人間の社会的な面を軽視し、あるいはまったく無
視して伝道をしようと努力します。個人の信仰の決断や成長
の妨げとなる、家族親族など血縁共同体や、町内会や集落の
地縁共同体を無視したり敵視したりすることになります。仏
壇や神棚といった物も、あくまでも異教の礼拝に関わる準偶
像扱いしか出来ず、それらのものが果たしている重要な社会
的機能には気が付かず、それらを許している社会そのものを、
異教社会、偶像社会として、すなわちキリスト教に敵対する
ものとして、神が忌み嫌っておられるものとして観てしまい
ます。ですから、いくらかでも福音に興味を示した人間を、
その生きている社会から隔離して伝道しようとする傾向が出
て来ます。その社会の中に留め、その社会の中で生き、その
社会の中で証をさせるということが出来ないのです。クリス
チャンたちが迫害される社会から逃れて、クリスチャンたち
だけで村を作ろうなどという動きさえ、出て来たことがあり
ました。



  伝道集会などで、よく聞く欧米型の説教で、「信仰は個
人のものです。他の誰でもない。あなたの決心が大切なので
す。あなたがイエス様を救い主と信じ受け入れることです」
という言い方がありますが、まさに、欧米の教会の形です。
個人主義と民主主義が発達しているあちらの国では、個人の
考えや個人の決断が尊重されます。社会的にどのように弱く
小さな人物でも、自分に関わる事柄を自分で決定するのは、
ひとりの人間としての義務であり権利なのです。しかし、日
本や多くのアジア、アフリカ、ラテンアメリカ、あるいは東
欧諸国でも、ひとりの人物は必ず社会の中のひとりであり、
ひとりだけで生きているのではなく、互いに影響し合いなが
ら、よく言えば互いに助け合いながら生きているのです。で
すから、ひとりの人の決定や決心は必ず多くの人々に影響を
与え、また多くの人の影響の下に行われるのです。誰かがキ
リストを受け入れるということは、その当事者だけの問題で
はなく、家族全員、親族全員、地域共同体全員の事柄なので
す。このような事柄について、ひとりの個人が孤立した個人
として決定を下すことは、普通出来ないことであり、やって
はならないことです。それをすることが出来るのは、共同体
の中で強い立場を持っている者か、反対に誰にも相手にされ
ないほど存在価値の薄い者、もしくは自分を理解していない
愚かな者です。ですから、このような信仰の決心を促す形の、
伝道会と言うものの価値についても考えてみる必要がありま
す。決心を促すことは良いでしょう。しかし、どのように促
すかです。
  
  最近は日本においても、特に若者たちの間では、自分勝
手で無責任な個人主義がまかり通るようになっています。へ
そを出して街中を闊歩している女子中高生が、「自分の自由
でしょう? 何が悪いの?」と言います。いわゆる援助交際を
している娘たちが、「誰にも迷惑掛けてないもん。いいじゃ
ない?」と平気な顔をしています。アメリカ型キリスト教の
伝道は、このような無責任な個人主義がはびこる社会では、
うれしい事に、成果を上げることでしょう。しかし、父母を
考え、家族を考え、社会を考え、良識的な行動をする日本人
の間では、あまり受け入れられないことになるのです。社会
からはつまはじきにされ、行き所のなくなった人間、家庭か
らも地域共同体からも、どうでも良い奴と烙印を押されたよ
うな人間は、比較的容易に信仰の決心をすることが出来るで
しょう。しかし、家庭の中でも地域社会の中でもしっかりと
責任を果たし、尊敬されているような伝統的価値を重んじる
日本人が、アメリカ型のキリスト教を受け入れることは、こ
の上なく困難なのです。



ひとつの例を挙げてみましょう。数年前のことですが、
私たちの家庭聖書研究会にひとりの主婦が出席し始めまし
た。とても素直で飲み込みも早く、聖書の理解が進むと共に
信仰にも目覚めて来ました。私たちは、この日本の端の小都
市では、まだかなり保守的な意識と社会構造とが残っている
ことを考慮して、かなり慎重に、指導をし続けました。そう
して数ヶ月後、彼女の信仰の成長を見計らって、いわゆる
「罪の告白の祈り」を含めてはっきりと信仰の表明をしても
らいました。その時の彼女は喜びに輝いているようでした。
そしてそれが、私たちが彼女を見た最後の姿となりました。
二度とふたたび、彼女を見ることは無かったのです。



  どうしたのだろうと心配していると、数週間後、彼女か
らの手紙を受け取りました。その手紙によると、彼女は何日
間も思い悩み、散々苦しんだ挙句、とうとう「時が来るまで」
クリスチャン信仰を捨てる決心をしたというのです。彼女は、
私たちの地域では最も大きなバス会社の、重役の長男の嫁で
した。そして地方の名士であるその重役の義父と、同じ敷地
の別棟に住んでいました。しかも次男夫婦も同じ敷地に住ん
でいたのです。そして、近所にはまだ親戚たちが住んでいま
した。毎朝、姑と共に、神棚に榊を捧げ、仏壇にご飯と水を
供えていたのです。このような環境の中で、自分だけがクリ
スチャンになるということは、家族親族の和を乱す大きな問
題となり、正しいことではないと彼女は判断したのです。



  私たちは彼女の身分や立場、それから住んでいる環境を
考慮して、仏壇や神棚に対する考え方と、具体的にどのよう
に取り扱うべきか、あるいは家族親族、さらには義理の父が
重要な役割を締めている、地域社会のさまざまな宗教行事へ
のかかわり方について、彼女の質問に答えながら注意深く教
えて来ました。それはいわゆる異教社会への「対決姿勢」の
信仰、すなわち、神棚は壊せ、仏壇は焼けというようなやり
方ではなく、あるいは仏式の葬式には参列するなと言うので
もなく、異教社会の中でも周囲の人々と和をもって生きなが
ら、クリスチャン信仰をしっかりと守って行く方向を示した
ものです。



  しかし彼女は、かつて自分が知っていた「対決姿勢」の
クリスチャンたちの姿と、彼らが周囲の人々との間に起こし
てしまった数々の軋轢と混乱のことを、忘れることが出来な
かったのです。いわゆる個人主義の、自分さえ神の前に忠実
であれば、周囲のことはどのようになってもかまわないとい
う、ある意味で大変立派で、とても身勝手なキリスト教信仰
の、先入観から逃れ出ることが出来なかったのです。彼女は、
自分が苦しむことは受け入れられるけれど、お世話になって
いるやさしい夫やその両親、さらには実家の両親たちに迷惑
をかけること、そして自分の子供たちまで悲しませることに
なるという「想像」に、我慢がならなかったのです。彼らが
悪い人間であり、いつも彼らに苦しめられているという状況
だったならば、彼女は、自分のクリスチャン信仰を守り通す
ことが出来たでしょう。しかし、素敵な人たちだったがため
に、それが出来なかったのです。



  保守的な地方の地域社会において、与えられた共同体を
大切にし、堅実に歩もうとしている人が、その社会の中でク
リスチャンとなり、クリスチャンとして歩んで行くというこ
とは、普通、彼女が想像した通り容易なものではありません。
彼女の信仰が弱かったといえばそれまでですが、始めからそ
のような強い信仰を持って行動出来る人は数少ないことでし
ょう。私がこの土地に来て10数年になりますが、これに良
く似た事を四回経験しています。もうひとりは缶詰会社の若
社長の奥さんで、団地の中に夫婦で住んでいた時は何の妨げ
も無く一緒に聖書を学んでいたのですが、前社長夫婦である
夫の両親と同じ敷地に家を建ててからは、それが出来なくな
り、やがて、聖書の学び会にも顔を出せなくなってしまいま
した。もうひとりは土地の氏子代表を務める父を持つ青年で
した。ほかのひとりは和太鼓のグループの世話役をしている
女性でした。みな、地域社会で責任のある生き方をしている
人たちでした。現在私たちの教会に集うことが出来ている土
地の人、いわゆる転勤族ではない人たちの中に、地域社会で
責任ある生き方が出来ている者はひとりもいません。みな、
誰にも相手にしてもらえない種類の人々、どうなろうとかま
わないと思われている類の人たちです。このような地方で、
しっかりと土地に根を張った教会形成をするためには、まだ
まだ長い年月と努力が必要となることでしょう。



D. 教会の倫理と文化
 


  倫理道徳の面においても同様なことが言えます。ピュー
リタンの精神を継承しているアメリカの福音派の教会は、い
わゆる酒やギャンブルあるいは性的な不道徳などの、目に付
き易い表層的罪には非常に厳しく、これらを断罪し、自分た
ちの国がこれらの罪に陥っていることを嘆き、その傾向と戦
いますが、自分たちの社会機構や文化、あるいは習慣という
ものと戦う必要を感じないまま、むしろ、そのような環境に
教会を適応させようとしています。一昔前にはかなり激しく
責められていたロック音楽も、見事に教会に取り込まれてい
ます。肌が露わな服装で教会に来る女性も一般的になりつつ
あります。個人主義の社会ですから、親がどんなに経済的に
困窮し、兄弟たちが逼迫した生活をしていたとしても、「我
関せず」の信徒たちがたくさんいます。クリスチャン同士の
離婚や再婚も、今や珍しくもありません。自由な資本主義経
済で、どれほど贅沢に生活し、資源を無駄にし、開発途上国
の人々を搾取していたとしても、個人の権利です。教会はそ
の個人の権利を認めて何も言いません。かえって、金持ちが
自分たちの教会にいる事を誇らしく思っているように見えま
す。繁栄の福音などという「形の異なる偶像礼拝」が、堂々
と教会の中に入って来ます。自分たちの国の経済、自分たち
の贅沢が多くの貧しい国々の犠牲の上に成り立っているなど
と言うことに、福音派の教会が正当な関心を払っているよう
には思えません。



  このような教会がそのまま日本に侵入して来ているので
す。大方の人間が抱えるのと同じ弱さを抱えて、アメリカの
教会も、文化や習慣に根ざした自分たちの欠点や弱さや間違
いなどには、なかなか気付きません。そこで、何の反省も恐
れもなく、自分たちの習慣を福音と一緒に持ち込んで来るの
です。そしてその一方では、自分たちと異なる文化の倫理や
習慣に対しては非常に厳しく、その中に、敏感に「異教」の
匂いを嗅ぎ付け、これを攻撃します。つい百数十年前まで、
福音と関わりなく生きて来た日本人は、神道や仏教などの宗
教背景の中で、文化や習慣を培って来ました。ですから生活
のあらゆるところに「異教的」匂いがまとわり付き、ほとん
どの儀式儀礼に「偶像礼拝」の片鱗がこびり付いているのは、
当然のことなのです。輸入されたアメリカ型キリスト教はこ
のような匂いや片鱗を嫌悪して、激しく攻撃してきました。
しかしその一方では、日本人の勤勉さや道徳心の高さは賞賛
します。ところがこの日本人の勤勉さや道徳心が、非常に強
く宗教的感覚に繋がっていることには気が付きません。要す
るに、判断基準に一定性がないのです。



  このように自分の文化習慣には甘く、異教世界の文化習
慣には厳しいキリスト教が、日本人に受け入れられる筈はあ
りません。多くのアメリカからのキリスト教会は、あるいは
西欧諸国から来たキリスト教会のほとんども、同じように自
分たちの教会がまとった文化的適応を、文化背景がまったく
異なる日本に持ち込んで来たのです。この傾向は、「自分た
ちの神学は絶対」の信仰を持つ福音派の教会に、より強く現
われます。神学と教会の形態の区別が付かない人々が大多数
を占めているため、神学を擁護する熱心さを持って、自分た
ちの教会の形態を擁護するのです。自分たちの神学にかなり
懐疑的感覚を持っている自由神学の立場を取る教会の人々も、
無意識のうちに自分の文化に対してはかなり保守的であり、
文化的優越感を持っているものです。


  私たちは今、自分たちの受け入れてきた福音が純粋な聖
書の福音ではなく、「キリスト教文化」という名の福音であ
ることに、しっかりと気づかなければなりません。このキリ
スト教文化が、歴史の中でどのような役割を果たして来たか
についても、明確な理解を必要としています。もちろん、キ
リスト教文化が果たした積極的役割については、今さら取り
上げることもありませんが、消極的な、マイナスの役割、弊
害、害悪についても知っておかなければなりません。私たち
は西欧キリスト教、言い換えれば白人のキリスト教がどれほ
ど醜く、嘔吐をもよおすほどのものであったかを、すなおに
認めなければなりません。西欧の白人キリスト教が素晴らし
いものであると単純に思い込んで、それを日本に輸入しよう
としている限り、日本文化の中に安住している日本人に魅力
的な福音を提示することは不可能でしょう。


  カトリックが支配した暗黒の中世の出来事ならば、私た
ちプロテスタントとしては、教会が犯した倫理的間違いを、
積極的に認めるのにやぶさかではありません。宗教裁判も魔
女狩りも十字軍も、近代に至っては、ポルトガルやスペイン
による植民地政策と一体になった宣教も、カトリックが犯し
た間違いであったと言い切ることが出来ます。つい最近まで
あった、カトリック国フランスによるベトナムやカンボジア、
あるいは多くのアフリカ諸国の植民地化を、悪であったと糾
弾することが出来ます。しかしプロテスタント諸国が、それ
ぞれの国の教会の積極的同意と参加を背景に行った植民地政
策については、何と言うことが出来るでしょうか。イギリス
は東インド会社を設立して、多くの宣教師たちの積極的ある
いは消極的協力のもとに、多くのアジアの人々を抑圧搾取し
ました。  中国に対しては、こともあろうに麻薬を売るた
めにアヘン戦争を起こしてまで、これを支配しました。現在
のスリランカ、ミャンマー、マレーシア、シンガポールなど
でも、抑圧と搾取を繰り返しました。アフリカ諸国の多くが
植民地として貧しさの中に放っておかれました。中東諸国は
イギリスが中心になって進めた勝手な線引きによる国境のた
めに、現在でも紛争が絶えません。南米にさえその醜い足跡
が残されています。私たちの教団の直系の先祖であるイギリ
ス国教会、すなわち聖公会が支配したイギリス、あるいは神
学的に大きな遺産を引き継いだ、長老派教会が力を持ってい
たイギリスが行ったことです。


  オランダは最も残虐な侵略者でした。おそらく多くの西
欧白人キリスト教国家が行った植民地政策の中で、オランダ
のインドネシア統治だけが、宗主国に利益をもたらしたもの
でしょう。それだけに、インドネシアにおけるオランダの残
虐さはあまりにもひどいものでした。このオランダの残虐さ
は、つい最近まで南アフリカでアパルトヘイト政策という過
酷な人種差別として残っていました。改革派の国家、プロテ
スタントの華であるオランダが、有色人種に対してやったこ
とです。ドイツは白人国家によるアフリカの植民地化のため
に、白人国家同士の取り決めをまとめるなど、重大な役割を
果たしていますが、ビスマルクが植民地政策に積極的に乗り
出さなかったために、結果的に汽車に乗り遅れてしまいまし
た。しかし、この国のプロテスタント教会は、わずかの抵抗
を見せただけでカギ十字の印の下に降って、世界史に残る残
虐行為を続けました。



  私たち、多くの日本のキリスト教会の母親格のアメリカ
の教会はどうでしょう。自分たちも迫害を逃れて新天地を求
めて移住してきた人間なのに、白人たちは、先住民であるア
メリカ・インディアンを、ほとんど人間と認めませんでした。
アメリカ・インディアンたちは蹂躙され搾取され騙され追い
詰められ、とうとういまや絶滅に近い状態に陥れられていま
す。プロテスタントの見本国家であり、近代宣教の花形であ
るアメリカは、黒人たちに対してどのような態度を取ったで
しょうか。奴隷にし、売買し、所有者の意向によって性関係
を強要され(種付けされ)、生まれてきた子は親から引き裂
かれて売られて行きました。性的不道徳に対して非常に厳し
かった、また人権に対しても厳しかったプロテスタントの信
徒たちが、アメリカ・インディアンや黒人に対してはそのよ
うなことを当然のこととして行っていたのです。早くから人
権宣言を高々と謳い上げたアメリカですが、それはあくまで
も白人たちの間で互いに認め合う人権であって、アメリカ・
インディアンや黒人たちには適用されなかったのです。彼ら
は人間ではなかったのです。



  アメリカは、パナマ、メキシコ、ハワイその他に対して
欺瞞に満ちた政策と残虐行為を繰り返しました。フィリピン
で行った数々の殺戮行為について知る人はあまり多くありま
せんが、それは酷いものだったのです。彼らもまた、人間で
はなかったのです。もちろんそのような時代にあっても、キ
リストの福音を正しく理解し、有色人種を人間として認め、
彼らのために命を賭けて働いた宣教師は数多くいます。しか
し、アメリカの文化一般として述べるならば、有色人種を人
間と認めて来なかったと言われてもしょうがないところがあ
るのです。そして私たちの日本は、間違いなく有色人の国家
なのです。多くの白人たちの間には、現在においてすら、有
色人種に対する優越感が強く残っています。



  ですから、日本人の大部分が、いわゆる白人のキリスト
教はなんとなくおかしいと感じていても、不思議ではありま
せん。難破したスペイン人の船乗りから、スペインはまず宣
教師を送り、彼らを用いて植民地化を進めるのだと聞いた日
本が、直ちに鎖国政策を敷いたのは決して誤りではなかった
と言えるのです。白人キリスト教文化は、こと有色人種に対
しては、残虐な非人道的文化そのものだったのです。白人キ
リスト教国家は、自分たちが世界中のほとんどを植民地化し、
さんざん搾取と殺戮行為を繰り返した後になって、やっと、
今後植民地化は行わないと、「勝手に」互いの間で取り決め
たのです。そのために、鎖国を経て近代化に遅れを取ってい
た日本が、西欧列強を真似て富国強兵を唱え、また白人キリ
スト教国家からのアジア諸国の開放を謳い、遅ればせながら
植民地政策に活路を見出そうとして満州を侵略すると、彼ら
はこぞって日本に対して厳しい封じ込めを行い、ついに、日
本が太平洋戦争に突入しなければならないところまで追い立
てたのです。  歴史は、何から何まで100%日本が悪いとい
う、戦後の左寄りのクリスチャンたちが述べ立てるようなも
のとは違い、日本が開戦に踏み切ったには、それなりの、当
時としてはかなり正当な理由があったと言えるのです。人間
の戦争に、100%の善も100%の悪もありません。


  今、日本のクリスチャンたちが、民主主義のアメリカを
始めとする連合軍が善であり、軍国主義の日本が悪だったと
いうような単純な捕らえ方をして、日本もアメリカのような
民主主義国にならなければならないと主張していたのでは、
日本の宣教は困難でしょう。むしろ、白人国家は、キリスト
の福音、聖書の教えをもってしても、なおあの程度の非聖書
的倫理観しか持つことが出来なかったのであり、日本は、キ
リストの福音も聖書もないまま、少なくても、彼らと同等か
それ以上の倫理観を持つに至ったのです。ですから、一般の
日本人は、聖書もキリストも知らなかった日本のほうが、キ
リスト教を振り回す西欧の白人諸国より、より高い倫理を持
って国家を運営してきたと感じ、どうして我々にキリスト教
が必要かと言うのです。



  もちろん、日本が犯した戦争に絡んだ犯罪に言い訳の余
地はありませんし、しようとも思いません。日本軍が近隣諸
国で行った残虐行為に対しては、たとえその規模や厳密な内
容については疑問の余地はあったとしても、素直にこれを認
め、日本人としてそれを恥じて、二度と同じ過ちを繰り返さ
ないようにという思いを強くするのにも、異存はありません。
私がフィリピンの山岳奥地で宣教師として働いたのは、ひと
りの日本人として、日本が戦争で犯した犯罪の償いをしたい
という意味もあったからです。しかし、世界的に見るならば、
そのような残虐行為はどこの国家、どの民族にもあったこと
です。日本が犯した犯罪は、キリスト教国といわれる白人国
家や民族が互いに犯し合った犯罪、アジア、アフリカ、ラテ
ンアメリカ、そして北アメリカで犯し続けた犯罪に比べて、
決して極悪非道のものではないということです。日本は、白
人キリスト教国家のように、有色民族の国家を抑圧し搾取し、
根絶やしにするようなことは考えもしませんでした。かえっ
て、朝鮮の人々にも台湾の人々にも、占領した後には日本人
として教育し、日本人として受け入れ、自分たちと同じ日本
人にしようとしたのです。もちろんそれは朝鮮や台湾の人々
には、まったくもって迷惑であり屈辱的ではあったとしても、
また、一般日本人による差別や迫害はたくさんあったとして
も、国家としての日本は、彼らを自分たちと同化しようとし
たのです。ただしそのようなやり方が受け入れられず、失敗
すると、共同体社会感覚の「うち」「そと」で物事を判断す
る習慣の日本人は、自分たちの考え方が理解できない外国の
人々を「やつらは人間ではない」と決めつけ、残虐に殺して
行ったのです。



  問題は、そのような事実にも拘わらず、西欧の宣教師た
ちが、自分たちのキリスト教文化を優越なものと考え、その
倫理を高尚なものと決め付け、劣悪な日本の文化を彼らのキ
リスト教文化に変革し、異教の倫理を、自分たちの崇高なキ
リスト教倫理に取り替えなければならないと、まじめに考え
ていることです。そればかりか、さらに、多くの日本人クリ
スチャンまでがそのようなキリスト教文化に害され、彼らと
一緒になって日本文化を恥じて、これを西欧キリスト教文化
に取り替えようとしていることです。現在でも、大多数の日
本人はアメリカを好きだといいます。しかしながら、その独
善性、偽善の倫理には辟易しています。日本人はベトナム戦
争にも湾岸戦争にも、パレスチナ紛争にもイラク戦争にも、
彼らのキリスト教文化倫理の欺瞞を見ているのです。そして、
そのキリスト教文化が侵入して来ることに非常に強い警戒心
を抱くのです。歴史を見る限り、その警戒心は正しいものと
言わねばなりません。キリストの福音がキリスト教という文
化と混じって入ってくると、福音そのものにたどり着く前に、
文化として拒絶されてしまいます。福音がキリスト教文化と
いう衣を着てくると、人々は福音という中身を見ないまま、
まず外側の衣を見て、内側の福音もろとも拒絶してしまうの
です。



  教会の倫理は、本来聖書によって基盤をすえられ、聖書
によって肉付けされたものでなければなりません。聖書の説
く基本的倫理をその土地の実情、文化や経済などに適応させ
て出来たものでなければなりません。真の意味でアブラハム
の子孫であるクリスチャンが、すべての民族の祝福の基とな
るべきであり、クリスチャンはたとえ敵対する民族であって
も、神の愛を受け、救いに入るべき民族としてこれを見て、
愛して行かなければならないのです。そこには決して、植民
地化や搾取、略奪や殺害を正当化する倫理は生まれてこない
のです。しかし、残念ながら、歴史上そのような聖書的倫理
を持った教会というものは、ほとんど存在しなかったようで
す。むしろ、自分たちの文化である民族的優越感や、領土拡
張主義に都合よく聖書を歪曲した倫理観が、教会の中に持ち
込まれていたのです。私たちの日本の教会が、日本の文化を
まず認容し、それを都合よく受け入れるような倫理観を発展
するようになると、西欧の白人キリスト教会と同じ穴に陥る
ことになります。










posted by MS at 00:00| Comment(0) | 聖書の学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。