2010年11月13日

教会について 2−35

p224〜230


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]U. 教会と政治形態



  自分たちの教会の形態や形式を教会そのものと勘違いし、
それをほかの国や異なった文化にまで持ち込んでしまう問題
は、教会の政治形態において最も頑固な形で現われて来ます。
カトリック教会だけではなく、多くの伝統的なプロテスタン
ト教会もまた、自分たちの教会の政治形態を、単なる存在形
態ではなく、本質的な事柄、あるいは教会そのものの一部と
捕らえて、変更不可能な重大事項と理解しているからです。
イギリス国教会(聖公会)がその監督政治を変えることは、
「エチオピア人が肌の色を変えることが出来ないくらい」不
可能でしょう。改革派の流れを汲む教会がその長老政治形態
を変えることは、日の丸を他のデザインに変えるほど困難で
しょう。バプテストを始めとする「民主的教会」がその会衆
政治形態を変えることは、ライオンが草食動物になるのを期
待するようなものでしょう。これらの教会は、たとえどのよ
うな文化背景、歴史背景、あるいは政治背景の中に入って行
っても、自分たちの政治形態を維持しようとします。しかし、
たとえばカトリック国の絶対権威主義的な植民地政策や、共
産主義あるいは社会主義国家の強権政治に慣れ親しんで来た
人々に、民主主義の教会版である会衆政治はなかなか馴染み
ません。たちまち権力を手にしたい人間と無気力な人々と、
過激な抗議行動を起こす人々が現われて来ます。民主主義の
思想と政治が強固な土地で、権威主義的な監督政治を継続す
ると、多くの人々が失望してしまいます。それを止めるには
宗教を日常生活から切り離すか、カルト集団のように洗脳に
でも訴えなければならなくなります。
  


  普遍不変の教会が真実の教会であって、その付随物はた
とえ何であっても真実の教会ではありません。しかしその付
随物がしばしば非常に大きな役割を果たすのです。教会の政
治形態も、あくまでも教会の付随物であって、なくてはなら
ないものであり、非常に重要なものでありながら、教会その
ものではありません。このことについてはすでにわずかなが
ら触れていますが、改めて考察してみましょう。



  教会がどのような政治形態を取るかは、あまり多くの人
の関心事とはなり得ません。ほとんどのクリスチャンはその
ようなことに関心がありませんし、多くの牧師伝道者は、自
分の所属する教団や教会の政治形態を変えようなどと思う立
場になく、与えられた形態を守るだけだからです。とは言え、
単立教会として開拓伝道から始めた人などは、あるいはこの
問題を真剣に考えることがあるかもしれません。実際のとこ
ろ、どのような政治形態を取るかと言うことは、その教会や
教団の成長に大きく関わることがあるからです。



  教会の政治形態には実に色々なものがありますが、大き
く三つ、あるいは四つに分けられます。ここでは、私たちに
とってあまり馴染みのない「国教会」という政治形態には触
れず、監督制、会衆制、長老制の三つに分けて考えて見まし
ょう。ただし、現実の教会は生き物ですから、このような分
け方に完全に合致するものはほとんどなく、それらの形態が
いろいろと混ざり合い、重なり合って、それぞれ独特の形を
作り上げています。実際のところ、教会としては長老制を採
っていながら、牧師は、自分の言葉には絶対の権威があると、
専制監督主義を採り、さらには、他のどのような者の指導や
管理監督を拒絶するという、完全な会衆制を採っているとい
うような、奇天烈な教会が結構多いのです。



A.監督制政治



  監督制の基本的考えは、権威は上から下へ与えられると
いうことです。教会の権威はキリストからペテロに与えられ、
そのペテロの権威は教会の長に継承されて来たと考えます。
この考えが最も徹底された形で具体化されたのがカトリック
教会です。カトリック教会では、法王はキリストの代理者で
あり、法王がその座から語る言葉は、少なくても教義上は、
キリストの言葉であると考えられています。とは言え、現代
カトリック教会においての法王の権威は昔ほどではなく、法
王が公式に発言する多くの事柄は、予め枢機卿会議において
話し合われて合意を見た事柄であり、それすらも、たとえば、
アメリカの大多数のカトリック信徒が、家族計画や妊娠中絶
に対する法王の言葉を拒絶しているように、神の言葉とは受
け入れられなくなっています。とは言え、教会政治としての
カトリックは強烈な上意下達であり、中央集権を維持し続け
ています。個々の地域教会においても、カトリック教会は上
意下達が徹底していて、司祭の発言力は非常に強く、信徒た
ちの発言は最小限に抑えられています。



  次に厳しい監督政治形態を取っているのが、イギリス国
教会です。英語では監督政治形態を「Episcopalian」と言
いますが、これはイギリス国教会「Church of England」
の別名です。ただしアメリカに出て行ってまで「Church of
England」とは呼べませんから、政治形態を取って呼び名に
したものです。(アングロサクソン人の教会と言うことでア
ングリカンとも呼ばれます、日本では聖公会と呼ばれていま
す)イギリス国教会は、元々イギリスの王ヘンリー八世が自
分の妻に飽きて、離婚して他の女を娶るためにカトリックか
ら離脱しただけのことであり、教義的にも実際的にも、カト
リックと変わるところがありませんでした。しかし、カトリ
ックと袂を分かったことにより、大陸の宗教改革者たちの影
響を受け易くなり、中にはカトリック的な国教会ではなく、
福音的流れに乗る国教会も出現し、さらには完全に国教会と
の繋がりを絶ち、長老教会となって行く者もたくさん出現し
ました。



  福音系の教会では、メソジスト教会がイギリス国教会の
福音的流れから派生した教会として、監督制を継承しました。
また、そのメソジストから派生した様々な教会、たとえばホ
ーリネス系の多くの教会が、この形を取っています。またペ
ンテコステ教会の多くも、ホーリネス運動の落胤として監督
政治を取り入れています。



  しかしながら、監督がペテロの権威を継承しているとい
う神学は、カトリック固有のものであり、法王ただひとりが
その権威を主張しています。とは言え、多くの監督制の教会
は何らかの形で、監督と言う強い管理者、指導者の必要性を
認め、その権威を擁護しています。これらの教会で共通なの
は、強い権威主義、個人崇拝、中央集権制です。



  ところが監督制の政治形態は、聖書の中にはごく僅か、
例外的に見ることが出来るだけです。その例外は、パウロの
働きに関わるものです。彼は、自分が使徒として建て上げた
教会に対しては、かなりの権威を持って指導をしました。長
老を任命して、教会管理を委ね、さらに書簡を送って指導し、
テモテやテトスを派遣して牧会者の働きをさせています。さ
らに、パウロはテモテやテトスに長老を任命することを任せ
ているのですから、長老の任命権を持つ牧師の上に立つ監督
者となります。ただし、パウロが使徒としての権威を持って、
このように、あたかも監督者であるかのように指導したのは、
まだ若い教会に対してであって、言わば一時的な処置と考え
られるものです。



  そういうわけで、監督制の政治形態はわずかながらであ
っても聖書の中に例を見ることが出来、実際の機能上、必要
となる場合がしばしばあります。監督や指導者が謙遜であり
また優れた能力の持ち主であれば、この形態は非常に効果的
であるとさえ言えます。実際、教会や教団がまだ若く、ひと
りの霊的にも能力的にも優れた人物の指導によって進められ
ている間は、他のどの政治形態よりも物事が円滑に進められ、
また、順調に成長することでしょう。しかし、この制度の最
大の弱点は、監督を始めとする指導者たちが、権威主義に陥
りやすいと言うことです。多くの場合、初期の立派な霊的指
導者が失われると、自分の役職を名誉と感じ、権威を主張す
る「お山の大将」の寄せ集めになってしまいます。組織の中
で機能職であるべき役職が、名刺の肩書きとして対外的宣伝
に用いられ、自分を飾る化粧となり、面子となり、本物の自
分を隠す仮面となってしまいます。そのような人々は、「肩
書きのある」自分の言うことが受け入れられなければ怒り、
「役職である」自分が褒められなければ苛立ち、持ち上げら
れなければ傷つき、なんとも取り扱いにくい厄介者となって
しまいます。それで、他の人々すなわち信徒や若い教職者た
ちは、そのような役職者に対して不要な気の配りを強いられ
ることになります。その人の機能のためにその人を重んじ、
その言うことを聞き、その働きを尊重するのではなく、権威
主義のわがままを我慢して聞き、しようがないから従うこと
になってしまいます。教会や教団の中での役職や立場は、名
誉職ではなく機能職であることをしっかりとわきまえなけれ
ばなりません。そういうわけで、教団の中に、あるいは教会
の中に、「名誉職」を作ることはとんでもない誤りです。



  たとえば私たちの教団には、歴史的に監督制の組織形態
が色濃く残っています。役職には必ず、「上からの」権威が
伴っているように錯覚している方々がたくさんいます。それ
で、選挙は人気投票になり、選ばれることが格別に名誉なこ
ととなり、選ばれないことは名誉を傷つけられたことになり
ます。そこにはやっかみや妬みが蔓延します。そのような霊
的敗退のあるところでは、教会としての本当の姿が失われて
しまいます。そして、ともすれば、教団や部などの決定が、
声の大きなひとりの人の意見に、引きずられてしまっている
のではないかという、疑心暗鬼が生まれます。特に、自分た
ちがそのような誤った権威主義でことを運んで来たことがあ
る、年配の方々は、他の人たちも同じようにしているのでは
ないかと勘ぐり、働きを混乱させます。役職や立場を機能と
捉えて仕事をしている人たちの妨げになってしまいます。



B.会衆制政治



  一方、会衆制度の基本的考えは、ひとりひとりの信徒は
すべて神のみ前に平等であり、平等の権利を持つと言うもの
です。これは神学としてはルターが万人祭司説として唱えた
ものですが、それを単なる説に留めずに、先鋭化し具体的に
表現しようとしたものです。したがって、教会の権威は高位
の教職や、選ばれた教職たちの会議にあるのでもなく、信徒
たちひとりひとりにあると考え、その信徒たちの自主的な集
合である会衆が教会であると理解するのです。



  現在、制度としてこの会衆制政治形態を取り入れている
教会には、大きなものではバプテスト教会がありますが、よ
り徹底した会衆派としては、フレンド派、クエーカーなどが
有名です。アナバプテストに端を発し、清教徒たちによって
新大陸にもたらされて発展したこの制度は、神学的思索とし
ては優れたものであり、現代民主主義の形成にも大きな力と
なったところから、戦後アメリカから輸入された、民主主義
の恩恵に与る私たちにも理解し易い考え方です。



  この教会の政治形態の特徴は、信徒全員による教会会議
と選挙です。個々の地域教会の信徒全員に平等の権利がある
のですから、この人たち全員の意見を聞き、それをまとめる
ことが教会運営の絶対条件であるわけです。また、この地域
教会の選挙がそれぞれの教会の政治を定めます。牧師を選び
招聘するのも信徒の意思に任せられます。個々の地域教会は
すべて、信徒という独自の存在基盤を持つため、他のどの教
会からも干渉される必要はありません。それぞれの教会が属
する教団にも、個々の教会の内政や方向に口出しをすること
は許されません。教団は基本的に自主的な交わりと協力のた
めに存在するのであって、管理指導のためではありません。
 


  ところが面白いことに、この会衆制政治形態の実例を聖
書の中に見つけることは出来ません。会衆制度を支持する人
たちは、使徒の働きの6章1−6節の選挙の記述の中に、会
衆政治形態を読み込もうとしますが、それは困難な仕事です。
選挙と言うのは民主主義的であり会衆制度的だと言うのです
が、実際はそのような選挙ではなかったと考えられるからで
す。まず、選ばれる者たちの資格と言うか資質と言うものを、
使徒たちが先に定めて、予め指導をしているのは、会衆政治
形態に馴染みません。また、この時実際に選挙に加わったの
は、エルサレム教会の全信徒ではなく、ごく一部の、多分代
表者たちだったと考えられるからです。当時のエルサレム教
会には、すでに成人男子だけで5千人を超える信徒たちがい
て、使徒の働きの著者ルカは数えるのを諦めかけていたほど
です。それらの人々がすべて、選挙のために一堂に集まり、
あるいは総動員されて、陶器の破片を用いて選挙をするなど
と言うことは、物理的にも治安維持上でも到底考えられませ
ん。エルサレムは最も治安に問題がある都市として、ローマ
の厳しい監視下にあったのですから、当時のクリスチャンた
ち全員が一度に集まったりすると、たちまち、ローマの治安
維持の部隊が駆けつけて来たことでしょう。ですからこの場
合、近代民主主義の原則に法った全員による選挙などという
のは、時代考証を無視した幻想で、民意を代表する比較的少
数の者たちだけが、7人の仕える者たちの選出に関わったと
見るのが妥当です。そういうわけで、この記述に見るのは、
むしろ長老制に近い形です。



  会衆制政治形態は、構成人員全員があらゆる面において
大人になっているならば、最も理想的な形態であるかも知れ
ませんが、現実は、構成人員のほとんどの者が欠点だらけで
あり、民主主義の何たるかさえも心得ておらず、教会の真の
姿に気づいていないのが本当のところです。このような中で
は、会衆制形態がうまく機能することを期待するほうが誤り
です。またこのような形態が、監督制度への反発として持ち
込まれると、誰も彼もが言いたいことを言いたいために、会
議に参加し、発言の機会を要求し、権利の主張を始めます。
すべての構成員が発言をすることは物理的にも不可能ですか
ら、勢い、言いたい者が言いたいことを言うという無政府状
態に陥ります。そうして、本当に指導者としての能力を持ち、
その能力が期待されている人が、何も出来ないことになって
しまいます。しまいには、会議だの委員会だのということに
多大の時間と費用が費やされ、本当に必要なことが行われな
いことになってしまいます。このようなことが地域教会レベ
ルで行なわれると、その教会はたちまち衰退して行きます。
教区や教団と言う有機的教会レベルで行なわれると、教会と
しての有機性が失われ、利害の対立になってしまいます。



  ただし、このような心配はどちらかというと、すべての
ことに根回しと合議制を重んじる、日本独特の問題というこ
とも出来ます。たとえば民主主義をもっとも声高に叫ぶアメ
リカでも、大統領制を採っており、その大統領の力は日本の
首相の比ではありません。フィリピンやインドネシア、韓国、
台湾、中国、その他、多くの国々でも、国家の指導者の権威
は非常に強いものです。それぞれの国にあるアッセンブリー
ズ・オブ・ゴッド教団もまた、基本的には会衆制度を採って
いながら、総理と言われる立場の人の行政権は、日本の理事
長とは比べ物にならないほど強いものです。それぞれの国に
よって程度の差こそあれ、一度、民主主義的手法で指導者が
選ばれたならば、その指導者を信任し、強大な力を与え、そ
の選択を容認して行くというのが一般的であり、より民主主
義的です。この場合、選任された指導者は、自分の指導者と
しての責任を、常に明白にする義務を負います。ところが日
本では、指導者の選択決定などの権限の範囲が非常に限られ
ていて、指導者としての顔が見えない場合が多い一方、責任
が不明瞭となり、失敗も汚職も贈収賄も談合も、常に曖昧模
糊とした黒い霧の中に覆われたままになってしまいます。日
本では、物事を明瞭にするのは、何事においても好まれない
のです。ともあれ、誰も彼もが平等に発言権を持つというの
は民主主義ではなく、無政府状態です。



C.長老制政治



  長老政治形態の特徴は、複数の成長したクリスチャンた
ちが、協力して管理指導し、教会を治めて行くというもので
す。個々の地域教会の中でも、長老と言われる役員を選出し
ますが、この場合も、会衆派のような全会員平等無差別の選
挙ではなく、長老として選ばれるべき資質を持った人物を予
め選出しておいて、その中から選ぶような注意深さを持って
います。また、個々の地域教会がまったくの自治権を持つの
ではなく、その地方にある複数の地域教会の代表者たちが構
成する議会が、個々の地域教会を指導し、また牧師も、地域
教会の信徒の招聘だけによって選ばれるのではなく、議会が
指導性を発揮します。また多くの場合、その地方全体の指導
を任せられる長老も選出されます。そのような地方の指導を
任せられている長老たちが、さらに全体を指導する議会を構
成して行くのが普通です。
 


  長老制政治においても、教会の権威はある特定の高位の
教職や、特定の高位の会議に存在するのではなく、聖霊を内
に宿している信徒ひとりひとりの共同体にあると考えます。
会衆制と違うところは、会衆制が聖霊を宿す個々の信徒に権
威があると考えるところを、長老制は個々の信徒ではなく、
信徒の共同体に権威があると理解するところです。とは言え、
このような神学的理解を持って、教会政治について考えてい
る神学者の方がむしろ稀であり、普通は、単なる政治手法の
違い程度に取り扱われてしまいます。



  したがって長老教会では、個々の地域教会の自主性と言
うことはかなり尊重されてはいるものの、それらは地域教会
の長老たちによって構成される会議の指導、もしくは管理下
にあると考えられます。個々の地域教会は完全な自主独立の
孤立した教会ではなく、より大きなキリストのみ体の一部と
判断されるのです。具体的に、このような指導力を持った会
議が、どの程度の地方を管理するのか、さらにその上にまた、
管理指導を行う会議が存在するかなどは、それぞれの教団や
団体によって異なるでしょう。



  このような教会の政治形態は、かなり未発達な状態では
ありますが、新約聖書の中にもっとも顕著に見られるもので
す。まず、原始エルサレム教会は複数の指導者たち、すなわ
ち12弟子の共同指導によって保たれていたと考えられます。
その中でもペテロが色々な意味で中心的な役割を果たしてい
たことは確かですが、決して後の「監督」のような権威を主
張したことはありません。少し後年になるとキリストの兄弟
ヤコブが、エルサレム教会の中心的長老の役割、少し後に新
約聖書が「監督」と呼んでいる、管理能力を発揮する長老の
役割を演じているように読み取れます。しかし、彼も決して
監督政治教会の監督のような役割を演じてはいませんでした。
あくまでも協議・合議が教会の意思決定の方法でした。それ
は、エルサレム会議の様子でも明らかです。



  パウロは、自分が開拓の責任を持った教会に対しては、
使徒の権威と開拓者としての権威とを持って、あたかも監督
のように、あるいはそれ以上の権威をもって指導しています
が、教会全体の中では、あくまでもひとりの指導者として、
協議・合議を重んじてエルサレム会議に臨んでいます。また、
パウロが開拓した教会でも、彼に任命された長老はそれぞれ
複数であった可能性が強く、これは当時のユダヤ教の会堂の
伝統に従ったものであることが明白です。当時のユダヤ教の
会堂のシステムは長老制度だったのです。



  当時の教会は、会衆制の人々が主張したような完全な独
立独歩の地域教会として存在していたのでも、ひとりの監督
あるいは最高会議によって、個々の地域教会が管理指導され
るような存在もありませんでした。むしろ互いの有機的繋が
りを強く意識していながら、各地域教会の自主性を最大限に
尊重しあう、大きなひとつの教会として存在していたのです。
その感覚は未発達であっても、今日の長老制度に最も近いも
のであったと考えて、間違いはありません。



  機能的な面から言うならば、長老制形態は、監督制の欠
点と会衆制の欠点とを埋め合わせた、折衷的な良さがあると
言えるでしょう。監督制にありがちな個人の権威主義と暴走
に歯止めをかけ、会衆制度に起こりがちな無政府状態と無関
心に終焉を告げさせるものです。


posted by MS at 00:00| Comment(0) | 聖書の学び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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